第14話『SNSサバイバルフェス』
九月に入ると、校舎の空気がにわかに落ち着かなくなった。
休み時間のざわめきは一段階大きくなり、廊下のスマホ音は倍増し、
みんなが何かを待っているような、独特の熱気が漂う。
そして、その理由は不意に告げられた。
『――今年も文化祭ショーのエントリーが開始されました』
昼休み、スピーカーから流れたアナウンスに、
教室の温度が一瞬で跳ね上がる。
「よっしゃ来た! 絶対にバズる!」
「振付どうする? 構成変える?」
「去年の“魔王”、文化祭でフォロワー一万人増やしたってよ!」
「……なんで、こんなに気合い入ってるんだ?」
放課後。配られたプリントを見ながら、蕨は思わずつぶやいた。
クラスの空気は、すでに“前夜祭”じみて騒がしい。
「そりゃ一年でいちばんフォロワー稼げるからだよ!」
鵠沼が興奮気味に答え、隣で逗子が得意げに続ける。
「この文化祭、店とか食べ物は最低限。
全部ショーがメインなんだよ。ダンス、バンド、お笑い、メイク配信……なんでもあり。
フォロワー数が成績に反映されるってルールのせいで、みんな命懸け」
「……へぇ」
仕組みは理解できる。
だが、その熱狂にはまったくついていけなかった。
蕨にとって文化祭は、遠くから眺めていれば十分なもの。
賑やかな場所にいると、息が詰まる。
弁当を食べながら、他人事のようにざわつく空気を見ていた。
「で、蕨。お前はどうすんだ?」
逗子が身を乗り出し、期待ありありの目で聞く。
「出るのか? それとも店?」
「いや……露店でいいよ。焼きそばでも焼いとく」
即答すると、逗子は少し残念そうに笑った。
「でもアドバイザーは続けてくれよ?
文化祭ライブ、今年は優勝候補なんだって言われてるし」
「そこは、いいよ」
蕨は肩をすくめた。
逗子たちのバンドが勢いづいているのは、少し誇らしくもある。
準備が本格化すると、学校全体が戦場のように忙しくなった。
鵠沼はダンスの構成に追われ、
逗子はバンドとSNS運営を同時進行。
教室では叫び声、廊下では動画撮影のライトが光る。
この学校の文化祭は――もはや文化祭ではない。
SNSサバイバルフェス。
企画会議はあちこちで始まり、
「ゲーム実況やる!」
「メイク変身でいこう!」
「お笑い×劇のハイブリッドで勝負!」
など、ショーの種類は無限。
バズりさえすれば勝ち。すべては数字のため。
(……ほんと、すごい世界だな)
呆れ混じりのため息をついたとき、
廊下の掲示板にある一枚のポスターが目に留まった。
《今年の注目プレイヤー》
・三年生の絶対王者 “魔王”
・登録者二万越えの配信者 “NoaRin”
・どこかに潜む裏ボス
通りすがりの生徒たちが楽しそうに囁き合う。
「裏ボスって出るの?」
「出ないだろ。でも名前は絶対出てくるよな〜」
「魔王かNoaRinか裏ボスか、どれがトップかって話題もう回ってるし」
(……出ないけど)
蕨は冷や汗を浮かべ、ポスターからそっと目を逸らした。
生徒の間では“裏ボス扱い”。
本人は焼きそば担当の陰キャ。
ここまで立ち位置のズレた人間も珍しい。
「蕨、明日の放課後さ。オレら練習入るんだけど……アドバイス来れる?」
「あ、うん。行くよ」
「助かる! 今年は優勝狙ってるから!」
隣では鵠沼がダンスシューズの紐を強く引き締めていた。
「今年はダンス部が取る、って言わせてみせるわ」
二人とも本気だ。
まるでこれが人生の分岐点かのように。
その熱を羨ましいと思いながら、蕨は胸の奥が少し痛んだ。
(……すげぇな。みんな、ちゃんと主役なんだ)
対して自分は裏方で十分――
光に出れば危険だ。正体が露呈するかもしれない。
だから、この距離感でいい。
そう言い聞かせる。
学校中が熱気に包まれる中、
ひとりだけ静かな場所に取り残されているような気がした。
――だが蕨はまだ知らない。
このぬるま湯のような距離感が、
あと少しで音を立てて壊れることを。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
率直な評価や、感想をもらえれば励みになります!
よろしくお願いします。




