第11話『スタンウェイと復活の兆し』
スランプは、その後もしつこく蕨にまとわりついた。
だが、学校では別の顔があった。
軽音部に呼ばれ、逗子たちに意見を求められれば――
「サビ手前、オクターブ下に一回落とすと映えるかも」
「ディレイはそのままでいい、奥行きが出てる」
スラスラと答えられる。
そして毎度のように、
「やば、蕨マジ助かる!」
「天才じゃん……!」
と褒められる。
胸があたたかくなる。
他人の曲なら、こんなにも言葉が湧く。
だが自分の曲は――全然ダメだった。
(……なにこれ。オレの音だけ出てこないなんて……)
帰宅してパソコンに向かうも、画面の前で数時間。
一音も置けず、ただ時間だけが溶けていく。
だが、そんな日々の中でふと浮かんだのは――
あの夜のスタンウェイだった。
鍵盤を叩いた瞬間、色彩が弾けるように旋律が湧き上がってきた、あの感覚。
ピアノと体が一体化してしまったあの奇跡。
(……弾きたい。どうしても、弾きたい)
腹の底から、どうしようもなく湧き上がってきた。
放課後。
校舎に人が少なくなる時間を見計らい、蕨は音楽室へ足を踏み入れた。
静まり返った空間。
黒光りするスタンウェイ。
鍵盤の前に座った瞬間、呼吸が深くなる。
(……ただいま)
指を置く。
鳴らした一音目――
全身が震えた。
音が気持ちよすぎる。
閉じていた蛇口が勢いよく回って水が流れ出すみたいに、音があふれてくる。
弾いている、というより音の方が勝手にオレを引っ張ってくる。
ここ町Pの曲を弾いてみる。
久しく忘れていた“自分の音”の深さと、エモさと、直球なメロディ。
(……これだ。オレの曲って、こうだった……!)
音が蘇る。
そして、新しい旋律までも浮かび上がってきた。
脳内では、
村の中央にそびえる黒い巨大オブジェ――《スタンウェイ神殿》。
住民(蕨似)が近づくと、神殿から光が差し込み、彼の頭上へ落ちてくる。
《住民はスランプの呪いが 50% 回復した!》
《新スキル:インスピレーション・リバイバル を習得した!》
住民は両手を掲げ、歓喜の声をあげる。
「やった!!! 呪いが……解けていく!!」
そこへ、草むらから“メロディ”の形をした精霊たちが現れ、村人の周りをくるくると飛び始めた。
「おおお……! これが……音の精霊……!」
《音の精霊たちが新しい曲を授けようとしている》
「ありがとう! ありがとうスタンウェイ様ァァァ!!」
住民は神殿の前でひたすら踊った。
現実の蕨の指も、軽やかに踊っていた。
形になりかけていた新曲が、ようやく息をし始めたのだ。
(……いける、いける……戻ってきた……!)
そのとき――
突然、背後でガタッと大きな音が鳴った。
「うわぁあああああ!!!?」
振り向くと、掃除道具入れの扉が半開きになり、
そこから――
眼鏡の女子がのそりと姿を現した。
「………………え、ええええ!?」
心臓が止まるかと思った。
彼女は頬を赤くしながら、かすれた声で言った。
「あの……つ、続けて……。
さっきの……すごく、綺麗だったから……」
蕨の喉が鳴る。
逃げる?
否定?
言い訳?
何もできなかった。
気がつけば、言われるままに鍵盤へ向き直っていた。
指を置き、震える手で弾き始めると――
旋律はすぐに戻ってきた。
詰まっていたものがすべて溶けて流れ出すように。
(……やば……ほんとに、戻ってきた……!)
彼女は壁際にちょこんと座り、
ただじっと、真剣に耳を傾けていた。
陰キャの住民が弾き、
陰キャの宿屋の娘が聴き入る。
不思議で、でもどこか温かい光景だった。
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