第一話「裏ボスがいる」
《この学校には“裏ボス”がいる》
その一文が学校SNSに流れた朝、
校門から教室までずっとその話題で埋め尽くされていた。
「見た?あの投稿」
「“魔王より上の存在”ってマジ?」
「FL学園に裏ボスとかウケるんだけど!」
ざわつく人波の中を、俺は肩をすぼめて歩く。
フォロワー数が“強さ”になる学校なんて、誰が考えたんだ。
ここ、私立Future Leaders学園──通称FL学園。
“未来のリーダー育成”だとかで、SNS活動が半ば義務みたいに推されている。
校内の巨大ディスプレイには、勉強より目立つ“フォロワー偏差値”や“拡散スコア”がずらりと並ぶ。
その頂点に立つのが“魔王”。
フォロワー五万を誇る、生粋の陽キャ上級生。
校内で最も影響力のある存在だ。
──少なくとも、表向きは。
実際には、その魔王を超えるアカウントが存在する。
今日の投稿で突然噂になった“裏ボス”だ。
いや、噂じゃない。
俺だ。
1年B組。
教室に入った瞬間、空気が爆ぜた。
「裏ボス、1年にいる説あるってよ!」
「魔王の上って何者よ!」
「でも投稿、明らかに“1年”って匂わせてたよな?」
スマホを掲げるクラスメイトたち。
黒板には落書きで──
《裏ボス=魔王超え》
(……やめてくれ……頼むから……)
俺は蕨マナブ。
声は震える、視線は泳ぐ、超あがり症の陰キャだ。
だが裏では、匿名でボカロPとして活動している。
名前:ここ町P
フォロワー30万
魔王の六倍。
学校で本当の意味で一番“強い”存在。
けれど、そんな事実は絶対に知られてはならない。
人前に立てば死ぬ。
舞台どころか、自己紹介すら崩壊する。
音楽だけが、俺が唯一呼吸できる場所だ。
(なんで今日に限って……!誰だよ裏ボス投稿なんて……!)
「なぁ蕨、お前裏ボスとか知ってる?」
後ろの男子に肩を叩かれ、心臓が飛び上がる。
喉がつまって返事が出ない。
それを見て男子は笑った。
「ビビりすぎ!」
(ビビるに決まってるだろ……!!)
視界の端に、数字が走った。
【危険度:87%】
【関与を疑われるリスク:上昇】
【推奨:沈黙】
極度の緊張で、脳が勝手に“UI的な感覚”を生成してしまう。
自分でも意味が分からないが、昔からこうだ。
そのとき──背中がピリッとした。
振り返る。
教室の後ろ、窓際に女子が一人座っていた。
黒髪。無言。空気に溶けるほど静かな子。
目が合った……気がした。
すぐに逸らす。
(……いや、気のせいだよな……?)
彼女はまた本に目を落とす。
見られていたような、いないような。
その曖昧な感覚だけが胸に残った。
午前の授業は、すべてノイズだった。
休み時間の“裏ボス捜索”がひたすら耳に刺さる。
(バレたら終わる。魔王に知られたら……考えたくもない)
放課後、逃げるように帰宅した。
玄関を閉めた瞬間、膝が抜けそうになる。
パソコンを立ち上げ、音楽ソフトを開く。
キーボードを叩いた瞬間、呼吸が整った。
(……よし、作ろ。音だけが俺の居場所だ)
匿名でいい。
顔を出さなくていい。
音だけで勝負できる。
そう思った瞬間──通知音が鳴った。
SNSのDM。
(いやな予感しかしない……)
開いた。
そして固まった。
『あなたでしょ、裏ボス。』
脳が、真っ白になった。
【警告:詰み】
【詰み】
【完全に詰み】
画面の文字が、呪いみたいに光っていた。
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