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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第二章 ぼくらの正解はひとつじゃない――桜井詩音、救出作戦
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第七話 もう一度、同じ放課後で

 目を開ける。見覚えのない天井――いや、違う。

 教室だ。手には箒。白いチョークの粉が床に細い筋を描いている。


「……嘘だろ」


 感触も空気も音も、やけにリアルだ。本当に戻ったのか。


「日向くん」


 背後の声。振り向くと——十五歳の霧ヶ峰翼。


「話があるの。掃除が終わったら、体育館裏に来て」


 それだけ告げて、すっと去る。

 頭がぐるぐるする。あの日の放課後——ビンタの記憶へ続く、あの瞬間。

 体育館裏。

 夕日の縁取りの中、彼女は立っていた。


「来たわね、日向くん」

「うん」

「……その身構え、なに」


 一歩引けば、一歩詰められる。距離感は攻め型のままだ。


「単刀直入に言うわ。桜井さんがいじめられてるの、気づいてるでしょ?」

「うん。気づいてる。助けよう」

「……へ?」


 即答に、霧ヶ峰が目を丸くする。


「相手は桃井さん、沢尻さん、遠野さんの三人。ただし、中心は桃井さん」


 僕が淡々と告げると、彼女は瞬きを重ねた。


「……あなた、本当に日向くんなの?」

「たぶん」

「たぶんってなによ」


 呆れ半分、警戒半分の声。夕陽が髪の隙間を抜け、頬のラインだけ柔らかく染める。

 記憶の中の霧ヶ峰翼と、目の前の翼が、ゆっくり重なっていく。

 でも、もうあの頃とは違う。見て見ぬふりはしない。


「説明が省けて助かるわ。今朝、階段で桃井が桜井さんに絡んでた。空気、最悪。私が声をかけたら、あの子たち、露骨に狼狽して逃げた」


 僕はうなずく。桜井がいじめられていることは、もう知っている。

 原因は――たぶんない。こじつけの理屈はいくらでも付くけれど、いじめの理由なんて、たいていが理不尽だ。


「観察眼のある日向くんがそう言うなら、黒で間違いないわね。うん、ありがと」


 そう言って、霧ヶ峰は踵を返した。

 ……え、ちょ、帰るの? 今の会話、ありがとうで終わる流れだった?


「ちょ、待って!」


 思わず腕を掴む。この展開、過去にはなかったな。まさか歴史、ここで変わる?


「どこ行くの?」

「どこって、桃井さんたちのところよ」

「……なんで?」

「なんでって……しめるのよ。イジメはいけないことだから」


 うわ、やべぇ。本気だ、この人。そうだった。霧ヶ峰って、昔からこういう正義感の塊だった。やると決めたら一直線。止まるって概念がない。


「暴力じゃイジメは解決しないよ」

「そう? 目には目を、手には手を、でしょ?」

「いや、目には目を、歯には歯を、だから」

「細かい男ね。どっちでも意味は同じでしょ」


 細かくない。そういう言葉の精度が大事なんだよ。


「ところで日向くん――」


 小さく顎を引きながら、意味深に目を細める。


「いつまで私の腕、掴んでるつもり?」


 はっ、として手を放す。


「ご、ごめん!」

「……ふふっ」


 霧ヶ峰が、わずかに笑った。その笑みが、ほんの少しだけ、昔より柔らかく見えた。


「なに? 他に解決する方法があるの?」

「……考えはある」


 顎に指を当てて頷く。実はこの事態に備えて、いくつか手を用意していた。

 そのやり方は、かなりシンプルだ。


「ただ、その方法は、霧ヶ峰さんの協力が必要で」

「いいわよ。なんでも協力する。桃井たち、呼び出して締め上げる? 閉じ込める? それとも脱がす?」

「最後のは、冗談でも笑えないからやめて」


 よりにもよって桜井が受けた仕打ちを例に出すな。発想が毎回、極端なんだよ。


「僕がやりたいのは――仲良くしてほしいんだ。桜井さんと」

「どういうこと?」


 僕の一言に、霧ヶ峰はぽかんと目を瞬く。


「桜井さんはいつも一人だ。それは彼女本人、孤独になってよくない。霧ヶ峰さんが桜井さんと一緒にいて、普通に仲良くしていれば、桃井さんたちは手を出しづらくなる」

「……そんな単純で止まる?」


 納得いかない、という顔。首が少しだけ傾く。


「イジメのきっかけなんて、その程度だよ。今は受験前で皆イライラしてる。捌け口として、たまたま桜井さんに矛先が向いただけ」


 そう。理由はたいてい、くだらない。なのに壊れるのは、いつも受ける側の心だ。最悪、命まで奪われる。人間は気持ち悪いくらい、残酷な生き物だ。


「ダメよ。そんな怖い顔しないの」


 自分の思考に沈みかけたところで、霧ヶ峰に頬をつねられ、現実に引き戻された。


「わかったわ。その方法でいきましょう」

「えっ、協力してくれるの?」


 即答だった。迷いのなさに、むしろこっちが戸惑う。


「当たり前でしょ。何もしないより、何かを試すべきよ。このまま見過ごすなんて絶対に嫌。日向くんの考えに従うわ」


 まっすぐで、揺れない目に僕の胸の奥が、ずしんと痛んだ。

 前の時間軸では、彼女の方から相談してくれたのに、僕は器用に話をはぐらかして逃げた。

理由は面倒だったから。それだけ。

 僕は直接、桜井を傷つけたわけじゃない。けれど「どうせ変わらない」と決めつけ、傍観することを選んだ。


 結果、桜井は転校し、二十二年後にあんな惨劇へ繋がってしまう。

 悪いのは桃井たちだけじゃない。見て見ぬふりをした僕にも罪がある。

 だから今度は、逃げない。必ず桜井をイジメから救い出す。


 ――そう、強く、強く、胸に誓った。


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