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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第一章 惨劇のアルバムに指を伸ばして
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第四話 スライドショーの告発

「お時間です。スライドショーを始めます。お席の方、少し前へどうぞ」


 翼の落ち着いた声が、会場の空気を静かに束ねる。

 ――それでも、桜井の姿は見えなかった。


 場内の明かりがすうっと落ち、BGMが切り替わる。陽気な曲ではない。

 低く、冷たい。場違いなほど不吉な旋律がフロアを撫でていく。

 暗転。スクリーンに黒地に白い文字が浮かぶ。声はない。文字だけ。


『三年B組の皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます』


 ざわ……と気配が動く。

 次の一枚。


『あれから二十二年。多くの方が進学し、働き、家庭を持ったことでしょう』


 そこまでは同窓会の挨拶だ。だが、続く一行で空気が変わる。


『しかし、桜井詩音は違います』


 息が止まった。小さな悲鳴。後ずさる足音。

 さらに文字は続く。


『桜井詩音の時間は二十二年、止まったままです。高校へも行けませんでした』

『理由は、同級生による悪質ないじめ』


 固有名が、三つ、画面に現れては消える。

 誰かが叫んだ。「止めろ、それ!」

 暗くて顔は見えない。どの声も上ずっている。


『筆箱や教科書を隠され、破かれるのは日常でした』

『一番酷かった出来事は、今も消えません。教室で侮辱的な撮影を受け、その画像がネット上で拡散しました』


 言葉が途切れ、会場のざわめきが膨らむ。

 俺はスクリーンから目を逸らせなかった。鼓動がうるさい。


『転校しました。けれど、もう学校へは行けませんでした。対人恐怖で、施設に』

『昨年、母が亡くなりました。最期に私の手を握り、涙で「ごめんね」を繰り返しました』


 胸が痛む。喉が焼ける。

 あの頃、気づいていた。早い段階で――それでも、僕は見ないふりをした。


『私は自分を恨みました。そして、三年B組を恨みました』

『気づいていた人は、いたはずです』


 スクリーンの白が、こちらを刺す。


『だから、連帯責任です。罪を償いましょう』


 BGMが、ぱたりと止んだ。

 同窓会の浮ついた温度は、もうどこにもない。

 扉の方で騒ぎが起きる。


「開かない!」

「外から、固定されてる?」


 誰かが手を払って「痛っ」と叫んだ。何かに触れたらしい。

 だが僕は、目の前の黒と白から動けない。

 頬が濡れていることに、遅れて気づいた。


 僕は知っていた。いじめの気配を。

 止められたかどうかは、わからない。けれど、寄り添うことはできたはずだ。味方がいる、と示すだけでも、何かが変わったかもしれない。

 それなのに――逃げた。霧ヶ峰に手を引かれかけた時でさえ。


 スクリーンが、再び光る。


『お知らせが一つ。皆さんの飲み物には睡魔を誘う成分が入っています。そろそろ効く頃でしょう』


 悲鳴が重なる。椅子へ崩れ落ちる音。テーブルに額を打つ乾いた音。

 一人、また一人と眠りに落ちていく。


『皆さんが眠ったら、後は――』


 文章はそこで切れ、暗転。

 強烈な眠気が、瞼の裏から押し寄せる。

 喉が渇く。視界の端で、翼がどこかを見て動いた気がした。


 ――桜井は、どこだ。

 床の冷たさが背に張りつく。

 抵抗はしない。少しでも彼女の痛みが晴れるなら――そう思ったのは、言い訳だ。

 瞼が落ちる。音が遠のく。


 闇の縁で、鈍い鐘の音が一度だけ鳴った。

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