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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
最終章 二十二年後の僕らは、もう傍観者じゃない
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第四十二話 二つの卒業証書

 最初はジェットコースター。次にコーヒーカップ。四人で笑いながら、まるで学生時代に戻ったような時間を過ごした。


「次はメリーゴーランドね」

「ええ、メリーゴーランドって……ちょっと恥ずかしいんだけど」

「は? なにをバカなこと言ってるの? メリーゴーランドはロマンよ。そんな発言してると、和真って呼ぶわよ」

「うわー、それは嫌だな」


 ちょっと、人の名前を悪口みたいに使うのやめて。てか、陽翔も“嫌だな”ってどういう意味だよ。


「……二人とも元気すぎ。少し休ませて」


 もう僕も三十七歳。休憩なしでアトラクションを回る体力なんて、とうに残っていない。


「なんだよ、ジジイみたいなこと言うなよ」

「陽翔。日向くんはもうジジイなのよ……え? 今、お前もババアだって言ったわね。謝りなさい、処刑するわよ」

「いやいや、俺、何も言ってないし!」


 霧ヶ峰に首根っこを掴まれて、焦った顔で暴れる陽翔。

 ……なんだこの二人、仲良すぎじゃない? ちょっと嫉妬するんだけど。


「美羽。じゃあお母さんは、陽翔とランデブーしてくるわ」

「え、ランデブー?」

「そう。大人の社交辞令」

「……昭和じゃん」

「うるさいわね。いいの、言葉に味があるのよ」

「じゃあ、美羽は日向くんが誘拐されないよう見張ってて」

「うん、いってらっしゃい」


 マイペースに手を振る美羽。ああ、さすが娘。もう慣れっこの顔だ。

 そして自然と、僕と美羽の二人が残る形になった。


「座りましょうか」


 美羽は近くのベンチをちらりと見て、にこりと微笑んだ。その笑顔が、春の光みたいに柔らかい。


「ねえ、和真さん」

「ん?」

「見せたいものがあるんです」


 ベンチに座るなり、美羽はカバンからスマホを取り出した。ほんの少しだけ得意げな顔をして、画面をこちらに向ける。


「これ……」

「あっ」


 思わず声が漏れた。画面に映っていたのは、卒業アルバムの写真を撮ったもの。

 三度目のタイムスリップの時、美羽が選んだ、あの写真だった。

 卒業の日。霧ヶ峰さんは卒業証書を抱えて、カメラに向かって少し切ない表情を浮かべていた。あの時までは、そう記憶していたのに。


「でも、今は違うんです」


 美羽が小さく笑って、画面を指でそっとなぞった。

 そこに写る霧ヶ峰さんは、卒業証書を二つ抱えていた。そして、清々しいほどの笑顔でカメラを見つめていた。

 未練も、後悔も、どこにもなかった。

 ただまっすぐに、誰かの未来を信じるような笑顔だった。


「母、変わったんですよ」


 美羽の声は、春風みたいに優しかった。


「……そうだな。いい顔してる」

「でしょ? 私、この写真、大好きなんです」


 そう言って笑う美羽の頬が、少しだけ赤く染まって見えた。


「和真さん。お母さんを助けてくれてありがとうございます」


 美羽は、まっすぐに僕を見つめ、深く頭を下げた。


「……違うんだ」

「えっ?」

「ありがとう――それは僕の方が言うセリフだよ」


 彼女は、僕が過去に戻って翼さんを救ったと思っている。けれど、本当は違う。僕一人の力じゃなかった。


「最初は、一人で戦うつもりだった。未来を変えなきゃって、そればかり考えてた。使命感に駆られて、誰の手も借りずに、孤独でもやり遂げようって」


 僕はそこで小さく笑った。


「でも……途中で気づいたんだ。僕の背中を押してくれる人がいたって。手を差し伸べてくれる人が、ちゃんといたんだ。だから、助けられたのは僕の方だった」


 口にした瞬間、胸の奥にずっと絡みついていた何かが、ふっとほどけていくのを感じた。

 傍観者のまま見過ごしてきた過去も、後悔も、全部。


「世界は、綺麗なものばかりじゃない。理不尽もあるし、誰だって黒い部分を抱えてる。でも、人間は悪だけじゃない。ちゃんと、優しさも持ってる」


 言葉が、まるで自分の中から溢れるように出てきた。


「だから、もう決めたんだ。世界を善か悪かで決めつけるのはやめようって。信じたい方を信じる。その方が、ずっと気楽に生きられるから」


 風が、メリーゴーランドの音と一緒に頬を撫でていった。


「……それを教えてくれたのは、美羽ちゃんだよ」


 そう言うと、美羽は目を丸くして、そして嬉しそうに笑った。その笑顔を見た瞬間、ああ、本当に終わったんだ、と思えた。

 過去も、後悔も、全部が。


 メリーゴーランドから帰ってきた二人を出迎えたあと、僕たちは軽食コーナーで軽く食事をとった。ポテトの匂いと焼きそばのソースの香りが風に混じって、なんだか学生時代の文化祭を思い出す。


 それからまたいくつかのアトラクションを楽しんで、気づけば空はすっかり夕暮れだった。

 観覧車の向こうで太陽がゆっくり沈んでいく。オレンジ色の光が、四人の影を長く伸ばしていた。


「じゃあ、陽翔。一緒に乗ろ」

「お、おう……」


 いきなり美羽に手を掴まれる陽翔。その拍子に、美羽が霧ヶ峰へウインクする。

 ――やられた。完全に仕組まれてた。

 二人はそのまま観覧車に乗り込み、僕と霧ヶ峰だけが残された。


「ああ……美羽に、変な気を使わせちゃったわね」

「そっか。美羽ちゃん、ずっと霧ヶ峰さんが僕のこと好きだって思ってたから」

「まあ、半分は当たってたのかもね」


 軽く肩をすくめて、霧ヶ峰は観覧車を見上げた。


「もう二十二年前のことなのに、あの子は……ほんと、誰に似たのかしら。お節介で、勘が鋭くて、かわいい顔して人の恋路を勝手にプロデュースするし」

「完全に、母親譲りじゃん」

「は? あなた今、私が同窓会でクラスメイト全員を爆破して、殺した殺人犯だって言った?」

「いや、言ってないから!」

「ちゃんと、日向くんは生き残したでしょ。優しい犯人よ、私は」

「リアルにやめて。トラウマなんだから」


 マジで笑えねぇ。このタイミングでそんな話をぶっ込んでくるなよ。

 ……でも、なんか、少しだけ懐かしかった。


「まあ、いいわ。観覧車、乗りましょう」


 そう言って、霧ヶ峰はくるりと振り返った。

 夕陽を背に、ほんの一瞬だけ――照れくさそうに、口元を緩める。


 その笑顔が、二十二年前とまったく同じで、思わず、息を飲んだ。

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