第四十一話 未来は、こんなふうに笑うんだ
同級会を終えたあと、二次会、三次会と続いて――気づけば、記憶がほとんどなかった。
中学を卒業してからの二十二年間。誰がどんな人生を歩んできたのか。
いろんな話を聞くうちに、胸の奥が熱くなっていた。
幸い、翌日は休みを取っていたらしい。助かった。それでも、思ったほどの頭痛はない。
スマホを見ると、時刻は十時を回っていた。
「ああ、父さん。やっと起きた」
リビングに降りると、陽翔が少しニヤけた顔で出迎えた。
「同窓会、楽しかった?」
「まあね」
なんで笑ってるんだろう――と思った次の瞬間、昨日の記憶がふっと蘇る。
……ああ、そうか。ロビーで一人、号泣した。あの瞬間を。
「……昨日は青春だったね」
「陽翔。お小遣い、三ヵ月なしな」
「うわー! ごめん、ごめん。謝るから! 動画も消すから!」
……なに、こいつ。動画まで撮ってたの? 油断も隙もありゃしねぇ。
笑いながら、マグカップのコーヒーを一口。苦味の中に、どこか甘い後味が残っていた。
「ところでさ。今日、暇?」
「暇だけど」
「じゃあ、行きたい場所あるんだけど」
「なに、カラオケ?」
「違う」
「サウナでととのう?」
「うん、行きたいけど……それはまた次の機会で」
「どこだよ?」
「まあ、行けばわかるって」
「運転するの、僕だからな」
なんだろう、一体――と思いながらも、
「いいから」と急かす陽翔に押され、そのまま出かける準備をした。
「嘘でしょ」
陽翔の案内に任せて車を走らせること三十分。
到着した場所を見て、思わず声を漏らした。
「なんで?」
「えっ。なんだよ、父さん、遊園地嫌い?」
「女の子と一緒なら天国。でも、男二人で来るのは地獄だろ」
「ああ、ならよかった。――天国になるよ」
陽翔は半端な笑みを浮かべて、ゲートの方へ歩いていく。
……なにが“天国になるよ”だよ。てか、マジか。今の時代、年頃の息子と二人で遊園地って、アリなのか?
胸の奥で軽くため息をつきながら、僕も後を追った。
料金所の精算を済ませ、そのままゲートの方へ視線を向けた瞬間――見覚えのある人影が目に入った。
「あれ?」
「おはようございます。ああ、もうこんにちは、ですかね。和真さん」
驚いたことに、そこにいたのは霧ヶ峰親子――霧ヶ峰翼と美羽だった。
ゲート前の花壇にはチューリップが並び、昼の陽射しにきらめいている。遠くではメリーゴーランドのオルゴールが流れ、風に乗って甘いポップコーンの匂いが漂ってきた。
「ほら、天国になったろ」
陽翔は少し得意げな顔をして言う。
……こいつ、昨日からサプライズばっかり仕掛けてくるな。
「今日はダブルデートしようって。翼さんが」
そう言って、陽翔は霧ヶ峰さんの方を見る。てか、おい。陽翔のやつ、いつから霧ヶ峰と連絡取ってたんだ? 完全に仕組まれてるじゃないか。
「ええ。二十二年ぶり、よね。この場所」
その言葉に、思わずゲートの奥を見やった。
観覧車の赤いゴンドラ、入り口脇の噴水、手を繋いで走っていく子どもたち。目の前の光景が、記憶の奥の映像と重なっていく。
そうだ。ここは中学三年の時――霧ヶ峰と陸、そして桜井でダブルデートした場所。
あの日の青空と笑い声が、いま胸の奥でそっと甦る。
「ここが、あの伝説のダブルデート現場?」
「やめろ。黒歴史だ」
「そうね。遊園地に着いて早々、日向くん、私や詩音を放っておいて、一ノ瀬くんと観覧車に乗ろうって言い出したのよね」
「やめて、霧ヶ峰さん。息子に言わないで」
……もうここにいたら、どれだけの黒歴史を陽翔に暴露されるかわかったもんじゃない。
「じゃあ、早く行こう!」
美羽ははしゃいだように跳ねると、僕たちはそのまま横に並び、アトラクションへ向かった。
空は抜けるように青く、風が心地いい。笑い声が重なって、遠くの観覧車がゆっくりと回りはじめた。
この時間こそが、きっと「未来」なんだろう。




