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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
最終章 二十二年後の僕らは、もう傍観者じゃない
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第三十九話 幸福な世界で、ちゃんと君が笑っていた

 ロビーに出ると、幸いにもクラスメイトの姿はなかった。

 できるだけ目立たない隅のソファへ歩き、腰を下ろす。指の腹で目尻を押さえると、湿った冷たさが指先に移った。


 僕が未来を変えたから、あの同窓会の悲劇は起きない。誰も死なない。

 三年B組のみんなは、きっと穏やかで、ちゃんと幸福な人生を歩いていくはずだ。


 ただ、その代わりに――美羽という、たった一人の存在を、消してしまって。


 彼女は言った「自分は生まれてこない方が幸せなんだ」と。

 そして皮肉にも、美羽が生まれてこなかった世界線の霧ヶ峰は、確かに幸せそうだった。

 落ち着いた表情。指輪の光。満ち足りた生活の気配。


 だとしたら、これで良かったのか。


「……いいわけ、ないだろ」


 声に出した瞬間、胸の奥がきしんだ。涙があふれる。拭っても、拭っても止まらない。


 呼吸のたびに喉が焼け、肺がうまく膨らまない。

 僕は何を守ったのだろう。

 救ったはずの未来は、本当に正しい未来だったのか。


 ――生まれない方がいい。

 そんな言葉を、彼女に信じさせてしまったのは、他でもない僕じゃないか。

 目を閉じれば、陽翔と並んで笑う美羽ちゃんの横顔が浮かぶ。

 伸ばした指先は、いつも少しだけ届かない。


「……ごめん。ごめんな、美羽ちゃん」


 声を殺して肩が震える。

 遠くの笑い声だけが、やけに澄んだ音で胸に刺さった。

 そのとき――足音がひとつ。ロビーの静けさを、柔らかく踏みしめる音。


 その足音は近づき、僕のすぐ後ろで止まった。

 そして、少し緊張したような声が斜め後ろから落ちてくる。


「……あの、大丈夫ですか?」


 静寂。

 ――ああ、この人、僕に声をかけてきたのか。涙を拭うのが間に合わず、僕は顔を上げないまま答えた。


「ええ、大丈夫です。気にしないでください」


 自分でも驚くほど乾いた声だった。

 これで立ち去るだろう――そう思ったのに、足はその場を動かない。

 まるで、ここにいる理由を探すように、静かに立ち尽くしている。


「……和真さん」


 その名を呼ぶ声。雫が落ちたような、小さくて澄んだ響き。

 ――聞き覚えがある。

 僕は反射的に顔を上げた。

 そこにいたのは、霧ヶ峰美羽だった。


「……美羽、ちゃん? え、なんで君が……」


 頭が追いつかない。心臓だけが先に跳ねた。現実感がぐらりと揺れ、涙が止まる。


「あーあ。顔、ぐちゃぐちゃですよ」


 美羽は困ったように笑い、鞄のポケットからハンカチを取り出した。白い布がふわりと揺れ、僕の目元を優しく拭う。


「ちょ、ちょっと……! 何やって――」

「動かないでください、拭きづらいです」


 涙で赤くなった目のまま、年頃の女子中学生に顔を拭かれている三十代のおっさん。状況を冷静に理解した瞬間、羞恥心が脳天から爆発した。

 え、なにこれ。地獄の罰ゲーム?


「うわ、だめだ。恥ずかしすぎて死ぬ……!」

「大げさですね」


 美羽はくすりと笑い、少しだけ目を細めた。


「……でも、泣いてる和真さん、なんか、ちょっと可愛いかも」


 その一言で、また胸の奥が熱くなる。さっきまで冷たかった世界が、ゆっくりと色を取り戻していく。


「クククッ」


 途端、横から吹き出すような笑い声。視線を向けると、まさかの陽翔が立っていた。


「父さん。マジで……男泣きじゃん」


 号泣している父親がそんなに面白いのか、陽翔は笑いをこらえている。

 いや、違う。こらえきれていない。めっちゃ爆笑だ。

 ――妻よ、息子は立派に育ちました。


「てか、陽翔。お前なんで……ここに」

「翼さんに頼まれたんだよ。“同窓会でドッキリ仕掛けたいんだけど、最悪、日向くんが絶望して取り返しのつかない状況になるかもだから、ロビーで美羽は待機させておけ”って。で、俺は最後にここからちゃんと見送る村人A役ね」


 なにが“村人A役ね”だ。

 朝の時点で美羽のことを聞いたら、名演技で知らん顔しやがって。完璧に騙されたじゃないか。


「和真さん。お話したいことは山ほどありますが、また次の機会に。今日は同窓会を思う存分、楽しんでください」

「ああ。美羽は、ちゃんと俺が送り届けるから」

「そうか。――ところでお前ら、やっぱ付き合ってるの?」

「「付き合ってない!!」」


 見事に声が揃った。ああ、この響き、懐かしい。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言い残して、僕は二人に軽く手を振り、会場へ戻った。

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