表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第四章 卒業証書が写したもう一つの世界
34/43

第三十四話 二十二年後の同級会

 中学最後の晴れ舞台。

 鞄と卒業証書を片手に、僕は校庭の桜並木へ向かった。

 式はもう終盤。校門へと流れていく生徒が多く、並木道は驚くほど静かだ。

 薄い雲の切れ間から差す光が、枝先の蕾と早咲きの花びらをやわらかく透かしている。風が抜けるたび、紙吹雪みたいな花弁が数枚だけ、ふわりと舞った。


 すぐに見つけた。桜の幹にもたれ、空を見上げている霧ヶ峰。

 白いコートの襟元から覗く薄桃色のマフラーが、さっきの風に小さく揺れていた。


「ごめん。待たせたよね」


 声をかけると、彼女はぱちんと瞬きをしてこちらを向く。

 少しこわばった表情のまま、いきなり頭を下げた。


「日向くん。急に呼び出して、ごめんなさい」


 ――え? 思わず固まる。反射的に口が動いた。


「……誰だ、君は?」

「えっ?」

「いや、だって霧ヶ峰さんなら『待ったわよ。何時間待たせる気?』って、まず棘から入るじゃない?」


 言った瞬間、彼女の頬がぷくっとふくらみ、次の瞬間、こつんと肩を軽く小突かれた。


「なにそれ。私をどんな人間だと思ってるのよ」


 ――いや、実際に言われた記憶が、うっすらあるんだけど。

 俯いて小さくため息を吐いた彼女は、気まずさをごまかすように空を見上げた。


「あーあ、今日くらい、可愛い私でいたかったわよ」


 尖らせた唇が、いつもより少しだけ幼い。肩の力がすっと抜けたのがわかる。


「僕は、普段の霧ヶ峰さんが好きだよ」

「よく言うわね。私のこと、フッたくせに」

「いや、フッてはないからね。……たぶん」


 ふたりで同時に苦笑する。

 風がまた通り、花弁が三枚、四枚と僕たちの間に落ちてきた。

 逆光に目を細めると、彼女の横顔の輪郭が、光の縁取りをまとって見える。


「今日はね、ちゃんと気持ちの整理をつけたくて呼んだの」


 彼女は一歩だけ近づき、胸の前で指をぎゅっと組む。


「前は……ちょっと、なぁなぁのまま言っちゃったから。今度はちゃんと、真剣に伝える」


 深呼吸。そして、まっすぐに。


「――日向くん。私は、あなたが大好き」


 澄んだ声に、嘘はひとつもなかった。冬の名残をほどいた空みたいに、まっすぐで透明な瞳。


「あなたとは結ばれないって、わかってる。でも、この気持ちだけは……ちゃんと伝えたかったの」


 距離が近い。白いマフラーの端が風に揺れ、頬にかすかに触れた。

 彼女はそっと、指先で僕の頬をなぞり、にっこり微笑む。

 つい、と背伸び――羽が触れるみたいに、短いキス。

 胸の奥で跳ねた鼓動が、耳まで上がってくる。思わず肩がびくりと揺れた。彼女は上目遣いでこちらを見つめる。


「これは……ファーストキス、です」


 なぜか敬語。自分からしておいて、耳まで真っ赤だ。


「そ、そうなんだ。僕はファーストキスじゃないけど」

「は? そこで言う? 空気読んで?」

「あ、うん。ごめん、反射で」

「反射でキズつけないでくれる?」


 むすっと僕の襟元を軽くつまむ。けれど、目尻は笑っていた。

 ――不思議だ。胸の底にあった重たい不安が、少しずつ溶けていく。

 僕がぼんやりしている隙に、彼女はするりと僕の手から卒業証書の筒を奪った。


「ちょ、返して」

「嫌よ。これは私が預かるの」

「なんで?」

「嫌がらせよ」


 なんの嫌がらせだよ?

 彼女はひょいと距離を取り、宝物みたいに胸に抱きしめた。


「二十二年後、同級会で返すわ。……私たちは平行線。重なりはしないけど、ずっと並んで進める。そういう関係でいたいの」


 強い意志の光。可笑しくて、でも愛おしい。


「ありがとう。でも……二十二年って、思ってるより長いよ」

「大丈夫。楽しいことも、辛いことも、人生でしょ。あなたの“昔話”みたいな話を信じて、二十二年後は――娘と一緒に、ちゃんと迎えに行く」

「うん。じゃあ、あんまり期待しすぎないで待ってる」


 叶わないと知りながら、それでも焼き付ける。

 逆光の桜並木、風に揺れる前髪、照れ笑い。全部を心の奥に。


「じゃあ、約束。ここからは――振り返らないで別れよう」

「……うん」

「日向くん。また二十二年後の同級会で、お会いしましょう」


 彼女は卒業証書の筒を掲げ、ぴしっと敬礼。

 僕も同じ角度で敬礼を返す。

 どちらが先ともなく、ふたり同時にくるりと背を向け、歩き出した。

 同じ空気を吸いながら、別々の未来へ。


 彼女はきっと、転んでも何度でも立ち上がる。僕も、僕の足で前へ進む。

 ――そして願う。二十二年後、懐かしくて新しい“はじまり”として、あの約束が、僕の大切な思い出でありますように。




 シャッター音みたいな、乾いた“パチン”が――どこか遠くで鳴った気がした。

 視界がふっと滲み、桜色はゆっくりと白へと溶けていく。

 音が、まるで潮が引くみたいに遠のいて、世界が静止した。


 次の瞬間、僕は目を開けた。

 そこは、リビングではなかった。布団の中。……けれど、天井を見上げた瞬間、息を呑む。


「ここ……自宅だ」


 寝起きの重い頭を抱えながら、隣のスマホに手を伸ばす。

 画面に映った日付を見た瞬間、言葉を失った。

 ――2025年7月18日。

 同窓会があった、あの日だ。

 胸の奥で、何かが静かに跳ねる。


 夢ではない。確かに戻ってきた――あの未来に。

 同窓会。

 ここで答え合わせか。きっと、もう一度、この手で確かめなきゃいけない。

 未来は変えられたのか。

 それとも、また惨劇が待っているのか。

 世界はまだ、終わっていない。

 そして、物語も――。


                              第四章 終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ