第二十八話 雪の降る夜、彼女は罪を告白した
その後、僕は霧ヶ峰と並んで帰った。
一月の空気は刃みたいに冷たい。校門そばの壁際には、踏み固められた雪の塊が連なっている。僕は黒いコートのポケットに両手を突っ込み、肩をすくめた。
彼女は白いコートにマフラー。首をきゅっと縮め、吐く息だけが小さく白い。しばらく、ふたりとも無言だった。
「ねぇ。ひとつだけ、訊いていい?」
不意に口を開いた彼女に、僕は横目をやる。
「ん、なに?」
「さっきの続き。同窓会の爆破事件……犯人は、詩音で間違いないの?」
「警察はそう結論づけた。でも、証拠は薄い。無理やり幕引きした感じは否めない」
「――共犯者が、いたんじゃない?」
顎に人差し指を当て、空を見上げる横顔。胸の奥が、きゅっと鳴った。僕も考えていたことだ。まさか、彼女の口から出るとは。
「どうしてそう思うの?」
「いろいろ辿ってみたけど……詩音が人を殺すところまで行く姿が、どうしても想像できないの。睡眠薬で眠らせて、スライドで心を突きつける。そこまでだったんじゃないかしら。もしかしたら、ネットに流すつもりすらなくて、ただ、あの子の未練を知ってほしかっただけかも」
「じゃあ、殺人を計画したのは別の人間? 誰がそんなことを」
僕が身を乗り出すと、彼女はふっと口を閉じ、また空を仰いだ。
「あ、雪」
雲ひとつない夜気に、羽毛みたいな粉雪が舞い落ちてくる。
「寒いわね」
その声はいつもより少し弱い。次の瞬間、小さな手がするりと僕のポケットに滑り込んだ。
思わず彼女を見ると、そっぽを向いたまま頬だけ赤い。
「今日くらい大目に見なさいよ。……手、冷たいの」
雨に濡れた子犬みたいな目をされて、僕は反射的に握り返す。
「日向くんの手、あったかい」
照れ笑い。雪明かりに、まつ毛が長く影を落とす。
――そのやわらかな空気を、彼女の次の言葉が切り裂いた。
「私ね、わかったの。共犯者は、たぶん私。……私が真犯人」
耳を疑った。冗談にしては、彼女の目はまったく笑っていない。粉雪が、音もなく落ち続けていた。
「犯人は日向くんを、誰よりも恨んでいた。だから、殺さないを選んだのよ。一人だけ生き残る方が、十九人と一緒に死ぬより、ずっと長い罰になる。事件直後、警察もマスコミも『不自然な生存者』に飛びつく。大量殺人者の可能性、残虐な計画者――ねぇ、そうだったでしょ?」
氷の欠片みたいな言葉。僕は背筋を冷やしながら、ゆっくり頷く。
「最終的に証拠は出ない。日向くんは容疑者から外れる。でも、犯人はそこまで織り込み済み。目的は冤罪じゃない。――生き地獄よ。信用を失って、居場所を失って、事件の記憶だけを一生抱えさせる。自分の命と引き換えに残す、最も残酷な復讐」
こめかみがずきりと痛む。やっと腑に落ちた。あれは恩じゃない。情けでもない。徹底した、罰だったのだ。
「でもね、日向くん。犯人は人間だった。最後の最後の、ほんの小さなところで……躊躇したのよ」
「躊躇?」
「本当に、人生を全部奪うのが正しいのか。――自分が憎んだ世界に、あの子が残したかった何かはなかったのか。たとえば、誰か一人でも、未来に手を伸ばしてくれるならって」
彼女の声は低く、よく通る。降り始めた粉雪が、言葉の合間に静かに落ちていく。
「だから、生かした罰として。そして、賭けとして。いつか――誰かがあなたを救いに行くかもしれない、っていう、わけのわからない希望に」
「……誰か?」
「娘よ。私の、ね」
心臓が強く跳ねた。彼女は視線を上げない。ポケットの中で繋いだ手だけが、確かに温度を分け合っ ている。
「もしその犯人が私だったとして。私は、最後の一手で二つの矛盾を選ぶ。『日向くんには一生苦しんでほしい』と、『それでも誰かに救ってほしい』を、同時に。最悪で、卑怯で、どうしようもない願い」
「それで美羽ちゃんを……行かせた?」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥でなにかが静かに弾けた。
真実は、たぶんもう誰にもわからない。けれど、長い間バラバラになっていたパズルのピースが、今ようやくひとつの形を成した気がした。
「……これは、あくまで推測よ。真実はわからない」
霧ヶ峰さんはそう言いながらも、どこか遠くを見るような目をしていた。
「ああ、そうだね」
僕は努めて穏やかに返す。たとえ真実が霧の中でも、もうそれでいいと思った。
――未来で、惨劇さえ繰り返されないのなら。




