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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第三章 彼が望んでいたもの――勝敗の先にある証明
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第二十四話 満面の笑顔に、すべての答えがあった

 シャッター音と同時に、世界が歪んだ。

 眩い白が視界を洗い、鼓膜を針でつつくような轟音がはじける。


「……え?」

 

 声にしようとした言葉は空気に溶け、仲間たちの輪郭が薄い霞になってほどけていく。足裏の芝の弾力も、汗に混じる夏の匂いも、遠ざかって――。


 気づけば、そこは見慣れたリビングだった。

 また、戻ってきてしまった。


「……和真さん」


 顔を上げると、美羽と陽翔がいた。美羽はぱちぱち瞬きして、胸に手を当ててほっと息をつく。


「よかった。目、覚めた……」

「えっ?」

「父さん、三分くらい眠ってたんだよ。さっきより遅かったから、ちょっと焦った」


 三分。あの数週間が、ここではそれだけ。喉の奥で乾いた笑いが転がる。


「サッカーの試合、どうだったの?」


 陽翔にたずねられて、言葉が詰まった。


「……悪い。未来は変えられなかった。もっと早く、陸がケガする記憶を思い出していれば、止められたかもしれない。そうしたら、勝てたかも、なのに」


 言いながら、胸の奥がきゅっと痛む。やり直しの機会をもらって、それでも届かなかった悔しさが、遅れてやってくる。


「そう……なんだ」


 その時、美羽がアルバムのページに小首を傾げた。つん、と指先で写真の縁を示し、上目づかいでこちらを見る。


「でも、これ――優勝してない顔じゃないですよ?」

「え?」


 覗き込んで、思わず息を呑む。

 最初に見た写真では、サッカー部の面々は固い真顔で並んでいた。陸なんて、完全に目が死んでいた。

 けれど今の写真は違う。みんなが、悔いのない笑顔で肩を組んでいる。汗が光って、歯を見せて、やり切った、という顔。


 しかも、前の写真には写っていなかった霧ヶ峰や桜井、桃井、沢尻、遠野まで、ちゃっかりフレームの端に入り込んで、手を振ったりピースしたりしている。

 なにより、清々しいのは陸だ。

 俺の肩に腕を回し、思い切り口を開けて笑いながらピースサイン。写真なのに、息の弾みまで伝わってくるような顔だった。


「きっと、勝つことだけが正解じゃなかったんですよ」


 美羽はそっと微笑む。目尻がやわらかくほどける。


「一ノ瀬さんの後悔は、負けたことじゃなくて、最後までピッチに立てなかったこと。そこをやり直したから、写真が変わった。――そういうこと、だと思います」

「……ああ。過去に戻らなかったら、気づけなかった」


 なんで陸がスカウトを断って、サッカーから離れたのか。あの時、ピッチに立てなかった悔いが、ずっと棘みたいに刺さっていたのだと、今なら分かる。


「これで、一ノ瀬さんの未来も変わるかもしれませんね」

「もしかして、サッカー選手になってたりして」

「そうですね、なくはないです」


 美羽は嬉しそうに目を細め、テーブルに頬杖をつく。陽翔は「それ、超いいじゃん」と無邪気に笑った。

 プロかどうかは分からない。それでも、あの笑顔のまま、陸が自分の未来を選べるなら、それでいい。


「……次の写真で、最後だな」


 意を決してアルバムに目を向けたその瞬間――


「待って!」


 鋭く響いた声に、俺は思わず手を止める。美羽が身を乗り出していた。


「あっ、ごめんなさい。でも、その最後の写真、私が選んでもいいですか?」


 その瞳は、どこか必死で。懇願というより、運命の分岐を前にしたような、強い決意が宿っていた。


「ああ。構わないよ」


 俺は静かに頷いた。

 そもそも、この力は美羽のものだ。俺は二度、やり直すチャンスをもらった。なら最後の一回くらい、彼女に託してもいい。

 美羽は息を整え、アルバムを慎重にめくっていく。ページをめくる音が、部屋の静けさに溶けていった。


 そして、その指が、ぴたりと止まる。


「……これ、です」


 指差された写真を見た瞬間、息をのんだ。そこに映っていたのは――霧ヶ峰だった。

 卒業式の日だろう。手には卒業証書。カメラに向けた表情は凛として美しい。けれど、その瞳の奥に、言葉にできない影が残っていた。


 未練。後悔。伝えきれなかった想い――確かに、そこにあった。


「お母さん……卒業式なのに、ちょっと寂しそうな顔してる」


 美羽がぽつりと呟く。その声に、ほんの少し震えが混じっていた。


「だから、この顔を――笑顔にしてください。お願いします」

「頼み方、雑だね」


 思わず苦笑する俺に、美羽はぷくっと頬を膨らませる。


「誰も結婚しろなんて言ってませんよ。笑顔にしろって言ってるんです」


 腕を組んでそっぽを向く仕草が、どこか既視感を呼ぶ。

 ああ、やっぱり――この雑な感じ、言い方のキツさ、でもどこか優しいところ。

 間違いなく、霧ヶ峰の娘だ。


「父さん、ガンバ」


 陽翔がぽん、と僕の肩を叩いた。

 ああ、そうだよな。もう彼は第三者なんだ。見送るしかできない側。

 ありがとう、妻よ。――息子はちゃんと優しく、まっすぐに育ちました。


「わかった。じゃあ、最後のタイムスリップ――君のお母さんを、笑顔にしてくるよ」

「いってらっしゃい、和真さん」


 二人が写真を指差す――その瞬間、光が包む。

 新しい最後の一枚を撮るために、最後のタイムスリップだ。


                              第三章 終


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