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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第三章 彼が望んでいたもの――勝敗の先にある証明
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第二十二話 魂の一撃

 前半戦が終わった。

 僕たちは静まり返った控え室にいた。

 あれほど粘って0点で抑えていたのに、終了間際の失点。

 精神的なダメージは大きく、誰も口を開こうとしなかった。


「大丈夫だ。後半がある。まだ終わってない、取り返そう!」


 村井先生が手を叩き、沈んだ空気をなんとか持ち上げようとする。

 けれど、普段なら真っ先に声を上げる陸が、妙に静かだった。


「陸。足、大丈夫か?」


 仲間のひとりが気づいて声をかける。

 陸は苦笑いしながら、いつものように首を縦に振った。

 だが、その笑顔は明らかに作りものだった。

 僕は黙って陸の前にしゃがみ込み、靴下をめくった。

 ――赤黒く腫れ上がった足首が、目に飛び込む。


「和真! いきなり、なにすんだよ!」


 陸が慌てて僕の手を払う。だが、その怪我を見たのは僕だけじゃなかった。

 控え室の空気が一気に重く沈む。


「陸……大丈夫なのか?」

「さっきのスライディングの時か?」

「交代した方がいいんじゃないか?」


 次々と声が上がる。

 村井先生も険しい顔で陸の足首を見つめ、深い皺を刻んだ。


「陸。ここは交代だ。無理するな。お前は名門高校からスカウトが来てるんだ。将来がある。今悪化させたら――」

「村井先生! 俺、まだ大丈夫です!」

「無理するんじゃない!」


 先生の声が控え室に響く。

 それでも陸は唇を噛み、悔しそうに俯いた。

 ――皆、勘違いしていた。

 陸が諦めようとしているのは、自分の将来のためじゃない。自分がチームの足を引っ張りたくない。それだけだ。


 なのに誰もそれに気づかず「陸には将来がある」「今は無理しない方がいい」と、優しさで彼を追い詰めていく。

 ……僕も、前の世界ではそうだった。

 その選択が陸の人生を変えた。

 あの日、彼はこの試合を最後にサッカーを辞めた。

 後悔を抱いたまま。

 なら、今回は違う結末にする。


「陸の怪我がどうなろうと、知ったことじゃない」


 僕がそう言った瞬間、空気が凍った。全員の視線が一斉に僕に向く。


「な、何を言ってるんだ、和真……」


 村井先生が呆然とつぶやく。


「試合の勝ち負けなんて、どうでもいい。この試合は三年の僕たちが主役だ。後悔しない試合をする――それだけでいい」

「和真……お前、何を――」


 陸が言葉を詰まらせる。僕はその肩を両手で掴み、目を合わせた。


「陸。出たいなら、出ろ。陸のカバーは、僕がいくらでもする。でも、足が辛いなら交代してもいい。決めるのは――他の誰でもない。陸自身だ」


 陸の瞳が揺れた。

 やがて、苦笑しながらかすれた声を漏らす。


「和真……お前、前半で二人同時にマークしてただろ。後半、俺のフォローまでしたら、マジで倒れるぞ」

「大丈夫。心臓が止まっても、魂で動くさ」


 それを聞いて、陸は吹き出した。

 そして笑いながら、涙をこぼした。


「マジかよ……ほんと、お前ってやつは」


 陸はゆっくりと立ち上がり、息を整えてチーム全体を見渡す。


「みんな! 俺、高校からスカウトの話がきてる。でも、そんなのどうでもいい。俺は――この試合で最後まで戦いたい! サッカーができなくなっても、悔いはない。だから……力を貸してくれ!」


 その声が、控え室の天井を震わせた。

 誰も言葉を挟まない。

 次の瞬間、チームのあちこちから声が上がる。


「おう! 最後まで一緒に戦おうぜ!」

「和真が陸を支えるなら、俺たちは絶対に守る!」

「構わねぇよ、どんなシュートがきても止めてやる!」


 それは、バラバラだった僕らが初めてひとつになった瞬間だった。

 前の世界では見られなかった光景。

 仲間の声が、ひとつの炎のように控え室を包む。


「わかった。陸、交代なしだ。ただし、限界の時は必ず言え。いいな?」

「はい!」


 村井先生は微笑み、陸の肩を叩いた。

 そして僕に視線を向け、呟く。


「……和真。お前、死ぬなよ」


 その声は冗談めいていたが、どこか本気だった。

 先生の目は、陸よりも僕の方を心配していた。

 ――まあ、気のせいかもしれないけど。




 後半戦が始まった。

 人間という生き物は、不思議だと思う。

 チームの中心――陸が足を怪我している。普通なら士気が下がるはずだ。

 だが今の僕たちは違った。

 前半以上に厳しい戦いになると覚悟していたのに、全員の目が輝いている。

 むしろ、団結力が高まった分だけチームは前半よりも強くなっていた。


 余裕綽々だった相手チームの顔つきが、目に見えて変わっていく。

 僕自身の仕事量も増えたが、不思議と苦しくはない。

 誰かが必ずカバーに入ってくれる――チーム全員が、ひとつの歯車のように噛み合っていた。時間が経つにつれ、相手にも疲労の色が浮かび始めた。

 前半で余裕を見せていた三浦と中村の動きも、明らかに鈍っている。僕がマークにつくと、二人とも露骨に嫌な顔をした。


 陸は足を引きずりながらも、気力だけでピッチを駆け回っている。

 長くはもたない――だから、早く勝負を仕掛ける。

 僕は三浦の足元からボールを奪い取り、右手を高く掲げた。


 それが、合図。

 味方DF陣を含む全員が、一斉に前へと走り出す。

 グラウンドが地鳴りのように震え、スタンドがどよめいた。

 相手チームが一瞬、動きを乱す。

 

 ――今だ。

 これは最終手段。全員攻撃。守備を捨てた総力戦。

 もしボールを奪われれば、カウンターで失点は確実。

 だが、恐れていては何も掴めない。勝つためには、賭けるしかない。

 僕は前方の味方へ素早くパスを送ると、全力で走り抜けた。


 パスは正確に繋がり、攻撃の要・田沼の足元に吸い込まれる。

 僕と陸が左右に広がりながら走り抜ける。

 相手DFは混乱し、どちらをマークすべきか一瞬判断が遅れた。


「8番を抑えろ! 9番は怪我してる、心配ない!」


 焦った相手GKの声に釣られ、DF二人が僕をマークしに動く。


 ――残念。パスの相手は僕じゃない。


 田沼の足元から放たれたボールは、完璧なタイミングで陸へ渡った。

 不意を突かれたDF陣が振り返る。だが、もう遅い。

 ボールを受けた陸は、不敵に笑った。

 そして、痛めた左足を軸に体をひねる。

 

 その瞬間、時間が止まったように見えた。

 渾身の右足が振り抜かれる。

 空気を裂く音。

 ボールは一直線にゴールへ吸い込まれ、次の瞬間――ネットが激しく波打った。

沈黙。

 そして、爆発する歓声。


「やったああああっ!!!」

「陸ーーーッ!!」


 スタンドが揺れた。

 陸は天を仰ぎ、拳を高く突き上げる。

 汗に濡れた顔が、誰よりも眩しかった。

 痛みも、不安も、限界も――全部、乗り越えた。

 それは意地でも、根性でもない。

 仲間の力がひとつになった、魂の一撃だった。

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