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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第三章 彼が望んでいたもの――勝敗の先にある証明
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第二十一話 運命の決勝戦(ファイナル)

 運命の日は、思ったよりもあっけなくやってきた。

 宮城県の頂点を懸けた、中学サッカー部・最後の公式戦。

 この決勝に勝てば全国大会。

 負ければ、僕ら三年生はそこで引退だ。

 試合開始を目前に控えた控え室には、独特の緊張と熱気が満ちていた。

 シューズの紐を結ぶ音。ストレッチで床を軋ませる音。

 誰もが黙り込み、心を整えている。

 村井先生はホワイトボードの前に立ち、黒マジックを握った。


「今日の相手は――因縁の青陵学院中だ。知ってると思うが、この四年間、練習試合も含めて七戦全敗だ」


 その言葉に、空気が一瞬で張り詰めた。

 誰もが知っていた事実。だが、口にされると胸の奥がざわつく。


「だからこそ、今日はやってやろう。『いい試合だった』なんて言葉で片づけるな。勝つんだ。番狂わせを起こすぞ!」


 村井先生の声が壁を震わせる。

 普段は穏やかな人が、今日はまるで戦場の指揮官のようだった。

 その顔に、誰もが息を飲む。

 相手――青陵学院中学。全国大会常連。去年は全国ベスト4。

 おそらく彼らにとって、仙台第四中は“通過点”にすぎない。


 ――だが今日だけは違う。

 僕たちが、その常識を壊す日だ。


「DF陣、三浦と中村をマークしろ。二人が試合を作ってくる。特に中村のパス精度は全国レベルだ。オフサイド狙いは捨てろ。とにかく潰せ!」


 ホワイトボードに走るペン先。

 それを追う選手たちの目は、獲物を狙う獣のように光っていた。


「ボランチの日向」


 僕の名前が呼ばれる。


「お前は中村と三浦、両方にプレッシャーをかけろ。相手に考える時間を与えるな」


 無茶だ――全国クラスの二人を一人で見るなんて。

 だが先生はわかっている。僕の性格を。負けず嫌いを。


「……先生。二人だけでいいんですか?」


 そう笑って返すと、室内が静まり返った。

 次の瞬間、仲間たちの笑い声がどっと弾ける。


「出たよ、日向先輩の野蛮スイッチ。普段穏やかなのに、サッカーになると人格変わるもんな」

「でも、マジでスタミナは人外だからな」


 笑いの中に、確かな信頼があった。


「よし、サイドの慎司、誠。和真のフォローを忘れるな」

「オッス!」

「そして攻撃の要、陸。お前に言うことは一つだけだ」


 村井先生はキャップの蓋を閉め、まっすぐ陸を見据える。


「――点を取れ」

 

 その一言に、陸の表情が引き締まった。

 短く「はいッ!」と声を張り上げた瞬間、空気が爆ぜた。

 ――ああ、この瞬間を、ずっと待ってた。


「よし、勝ちに行くぞ!」


 先生の声に、全員が腹の底から叫ぶ。


「はいッ!!」


 咆哮のような声が響き、僕らは一斉に控え室を飛び出した。

 グラウンドに出ると、まぶしい夏の日差しが照りつけた。

 芝生の緑が目に焼き付くほど鮮やかだ。

 スタンドには、これまでの試合とは比べものにならないほどの観客が詰めかけている。

 青陵学院の応援旗がはためき、テレビカメラのレンズがこちらを向いていた。


 心臓がどくん、と跳ねる。

 入場の合図で両チームが並ぶ。

 相手チームの表情は余裕そのもの。中には試合前なのに笑い合う選手もいる。――完全に舐められている。


「これより、青陵学院中学対富谷第三中学――決勝戦を開始します。互いに礼!」


 笛の音とともに、僕らは深く礼をした。

 円陣を組み、互いの肩が触れる距離で呼吸を合わせる。

 汗の匂いと芝の匂いと、熱気が混ざる。


「――勝とう」


 短く、それだけ言って僕らは散った。

 ポジションにつく途中、観客席に目をやる。

 見慣れた顔があった。霧ヶ峰。

 隣には桜井、桃井、沢尻、遠野の姿。

 笑って手を振る彼女たち。霧ヶ峰は何か叫んでいる。

 聞こえないけど――たぶん「頑張れ」だ。

 僕は右手を高く掲げ、笑って応えた。


 その瞬間、笛が鳴る。

 夏空を切り裂くように、高く、鋭く――。

 決戦の火蓋が、いま切られた。




 試合開始のホイッスルが鳴った瞬間、ピッチの空気が張りつめた。

 序盤二十分――展開は一方的だった。

 青陵学院中。宮城の王者。その名に恥じぬ圧力で、グラウンドを完全に支配してくる。

 僕は中盤で必死にボールを追ったが、相手の展開はあまりにも速い。

 右へ左へ、ボールが滑るように回り、体力がみるみる削られていく。

 それでも、DF陣とGKの奮闘でなんとか失点は防いでいた。

 前線の陸もチャンスを伺っていたが、マークが厳しい。あの自由奔放なプレイスタイルが、完全に封じられていた。

 焦燥が募る中、ふいに相手FW――三浦が僕を見た。


「君、日向くんだろ? 二年の時もいたよね。相変わらず、しつこいマークだね。全国でも、君ほどスタミナある選手はいなかったよ。でも、二人相手は厳しいんじゃない?」


 余裕の笑み。

 僕は息を整え、皮肉で返す。


「……正直、しんどいよ。でも、まだ倒れてない」

「運が悪いね。君、うちにいたらレギュラー取れてたかもよ。弱小校は辛いだろ?」

「それ、褒め言葉として受け取っていいのかな。でもさ、まだ一点も取れてない。全国常連の割には、苦戦してるみたいだね」


 挑発のつもりだった。

 三浦の笑みが一瞬だけ引きつり、目の奥に火が灯る。


「ふーん。じゃあ、少し本気を出してみようか」


 その言葉の直後――試合の流れが一変した。

 ボールが青陵に渡った瞬間、中村の足元へ吸い込まれる。

 そして三浦が走り出した。鋭く、速く、まるで風のように。

 僕も全力で追う。スピードなら負けない――そう信じた。

 だが、三浦は突然立ち止まり、振り返って笑う。


「すごいね。僕のスピードに付いてくるとは。でもさ――中村のマーク、疎かになってない?」


 ――しまった。

 反射的に振り返る。中村がフリーでボールを受け、すかさずワンタッチで別の選手へ。

 パスが風を裂くように繋がっていく。

 DFラインが崩れた瞬間、中村が再びボールを受け、迷いなく放った。

 放物線を描くシュートが、ネットを大きく揺らす。

 会場が爆発した。

 四十一分。ついに、均衡が破れた。


「ドンマイ。君のせいじゃないさ」


 三浦が僕の肩を軽く叩く。

 挑発でも同情でもない。ただの――圧倒的な実力者の笑みだった。


「ドンマイ! ここからだ、取り返そう!」


 陸の声が響く。両手を叩き、仲間たちを鼓舞する。

 そうだ。まだ前半だ。

 まだ終わりじゃない。

 陸がいる。陸なら――やれる。

 チーム全体が息を吹き返す。

 その瞬間、陸がボールを受けた。

 DF二人が立ちはだかる。

 だが陸は切り返した。鋭く、美しく。

 相手の腰が浮く。陸が一気に突破――


「いけっ、陸!」


 僕の叫びと同時に、DFがスライディングを仕掛けた。

 刹那、陸の体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられる。

 乾いた音が、会場中に響いた。

 笛が鳴り、審判が駆け寄る。掲げられたカードは――イエロー。


「イエロー? 嘘だろ、今のはレッドだ!」


 観客席から怒号が飛ぶ。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 僕はすぐに駆け寄り、陸の顔を覗き込む。


「陸! 大丈夫か!?」

「ああ……大丈夫だ。まだ、やれる」


 強がるように立ち上がる陸。だが右足は確かに引きずっていた。

 痛みを隠して、チームを鼓舞するように笑う。

 胸の奥が熱くなる。

 ――ああ、この光景。前にも見た。

 未来で、同じように傷ついた陸を。

 運命は、また同じ道を辿ろうとしているのか。


 その瞬間、僕の中で何かが弾けた。

 絶対に、この未来を繰り返させない。

 拳を握りしめる。

 心臓が、熱を帯びて鳴っていた。

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