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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第三章 彼が望んでいたもの――勝敗の先にある証明
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第二十話 バトンを繋ぐ瞬間

「詩音。おめでとう!」


 桜井の周りに人がいなくなった頃を見計らって、霧ヶ峰が背後から抱きついた。


「きゃっ……あっ、翼ちゃん。ありがとう」


 驚きながらも、相手が霧ヶ峰だとわかると、桜井は安心したように微笑む。

 僕と陸も後ろに続く。二人の目が合うのは早かった。


「桜井……」


 陸は珍しく緊張した声で名を呼び、そこで一度、言葉を切った。

 桜井は何も言わず、まっすぐに彼を見つめ返している。


「すごく格好よかった。……桜井が強い理由、なんとなくわかった気がする」

「ありがとう」

「来週、俺も決勝なんだ。相手は二年続けて勝ててない強豪でさ。正直、自信がなかった。でも、桜井の試合を見て、勇気をもらった」


 陸は真っ直ぐな目のまま、ゆっくりと頭を下げる。


「だから、応援に来てほしい」


 そう言って差し出された手に、思わず僕の胸がくすぐったくなった。

 まるで「好きです」と言っているみたいだ。霧ヶ峰も同じだったのか、ぱちぱちと瞬きをしている。


「うん。わかった。応援に行くね」


 桜井は迷いなく、陸の手を握った。


「詩音!」


 せっかくの空気を切り裂くように、桃井がずかずかと駆け寄ってきた。

 その背後に、沢尻や遠野の姿はない。

 霧ヶ峰はあからさまに「あーあ」という顔をしたが、今回は黙って道を空ける。

 陸と桜井は慌てて手を離した。

 桃井はそんな様子に気づかず、桜井の肩を両手で掴む。


「詩音。今日は完敗だった。でも、これで終わりじゃない。高校でも剣道部に入りなさい。この借りは絶対、返すわ!」


 真剣な顔の奥に、どこか嬉しさが混じっている。

 よく見ると、瞼には泣いた跡が残っていた。


「もちろん。でも、高校でも負けないよ」


 珍しく強気な桜井に、桃井は微笑み、力強く頷いた。


「ありがと。じゃ、また後でね」


 言いたいことを伝え終えると、桃井は背を向けて去っていった。

 嵐のあとの静けさ。

 霧ヶ峰はその背中を見送り、すぐ桜井に向き直る。


「詩音。今日は本当におめでとう。――ちょっと久美にも一言、言ってくるわ。久美も、大事な友達だから」


 照れくさそうに言う霧ヶ峰に、桜井は少し驚いた顔をしたあと、「うん、わかった」と頷いた。


「ほら、日向くんも行くわよ」


 霧ヶ峰に腕を引かれ、僕もなぜか巻き添えにされる。

 「え、僕も?」と言いかけたが、陸と桜井の顔を見て、すぐに口をつぐんだ。

 ――助け舟だな。今この場に残される方が、よほど気まずい。

 二人っきりにしてやるのが、たぶん正解だ。


 後を追うと、桃井は体育館を出て、人通りのない場所でしゃがみ込んでいた。

 ここはそっとしておいた方がいいだろう――そう思ったのもつかの間、霧ヶ峰は迷いなく桃井のもとへ歩いていった。


「本当に久美らしい試合だったわね」


 いきなりの声に、桃井はビクッと肩を震わせて振り返る。相手が霧ヶ峰だとわかると、安堵したようにため息を漏らした。


「なんだ、翼か。なによ、バカにしに来たわけ?」


 泣いていたのか、桃井は服の裾で目元を拭う。すると、霧ヶ峰は何の断りもなく、隣に腰を下ろした。


「その逆よ。あんた、大したもんだわ。戻ってきて一ヶ月足らずで、決勝まで行くなんて。……まあ、戦い方から見て、才能とかセンスがあるとは言えないけどね」


 そう言いながら、霧ヶ峰は桃井の肩にそっと手を置いた。


「でも、それだけ努力したってことよ。誇りにしていいと思うわ」


 その一言が引き金になったのか、桃井は堪えていた感情を抑えきれず、声を上げて泣き出した。

 霧ヶ峰は黙ってその頭を抱き寄せ、静かに胸を貸す。

 しばらくして落ち着くと、桃井は背後にいた僕に気づき、慌てて霧ヶ峰から離れた。


「なんだ……日向くんもいたの」


 俯きながら唇を噛み、また裾で涙を拭う。

 その服、もうびしょびしょじゃないか。そう心の中で突っ込みながら、僕は微笑んだ。


「悪いね。でも、僕からも一言だけ。霧ヶ峰さんの言う通り、いい試合だったよ。桃井さんは、クールに構えるより、我武者羅に戦ってる方がずっと輝いてた」

「うっ、うるさいわよ」


 桃井は目を泳がせ、照れたように頭をかいた。

 一瞬の沈黙のあと、彼女は二、三歩ほど下がり、僕たちに向かって深々と頭を下げた。


「翼と日向くん。あの時、私の世界は真っ暗で、どこにも出口がなかった。でも、二人が差し出してくれた手が、暗闇の先に道を作ってくれた。もう一度、前を向けるようになったのは――あなたたちのおかげ。ありがとう!」

「それは違うよ、久美」


 霧ヶ峰は近づき、頭を下げる桃井の顔をそっと上げさせた。


「私たちは、きっかけを与えただけ。その光景をつかんだのは、久美自身の力だよ。だからね、お願い。もう、ありがとうなんて他人行儀なこと言わないで。私たちはもう、友達なんだから」


 その言葉に、桃井は泣き出しそうな顔を必死にこらえ、唇を噛みしめて頷いた。

 僕はその光景をしばらく眺めてから、静かにその場を離れた。

 霧ヶ峰の言う通りだ。

 僕たちは、ただきっかけを作っただけ。そこから這い上がったのは、紛れもなく桃井自身の力だ。


 本当に二人とも、いい試合だった。

 僕も陸と同じで、心の奥が熱くなるのを感じていた。

 次は僕たちの番だ。

 サッカー部の決勝。二年連続で敗れた強豪を倒し、全国大会の切符をつかむために――負けるわけにはいかない。

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