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タイムリープ ~アルバムが告げる、二十二年目の真実~  作者: 結城智
第三章 彼が望んでいたもの――勝敗の先にある証明
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第十八話 夕焼けの帰り道、二度目の叱咤

 次の日。

 陸が桜井に告白された。その話を僕が知ったのは、陸の口からではなく、霧ヶ峰からだった。

 結果、陸は断ったという。


「俺はさ、桜井が思うような人間じゃないよ。ごめん」


 その一言で、終わったらしい。

 桜井は落ち込んでいるかと思ったが、意外にもそうではなかった。

 むしろ、少し肩の荷が下りたような顔をしていて、霧ヶ峰と談笑する姿はどこか晴れやかだった。

 一方で陸の方は、明らかに空回りしていた。

 サッカーの練習では、普段なら絶対外さないシュートも外すし、競り合いでも二年生に押されていた。


 部活の帰り道。

 僕は歩幅を合わせながら、静かに切り出した。


「陸。あのさ……桜井さんのこと、断ったんだって?」


 陸は小さく息を吐き、無理に笑みを作った。


「……うん。悪いことしたよな。桜井、すげぇいい子なのに」

「嫌いなわけじゃないんだろ?」

「まさか。あんなに優しい子、なかなかいない。むしろ、好きだよ」

「じゃあ、なんで?」


 僕が首を傾げると、陸は言葉を途切らせて俯いた。


「俺さ、片親だから。母さんが死んでから、ずっと思ってるんだ。俺の中には、どこか歪んだ部分があるって。表面上は明るくても、本当の俺は……たぶん、桜井が思ってるような人間じゃない」


 陸の声は小さく、風の音に消えそうだった。


「もし、桜井と付き合って、俺が桜井を傷つけたらどうしようって思うと……怖いんだよ」


 ――なんだよ、それ。

 胸の奥で、何かが弾けた。気づけば、僕は声を荒げていた。


「なんだよ、それ。ばかばかしい!」


 陸が目を丸くする。僕自身も驚いていた。

 僕は昔から、怒鳴ることなんてほとんどしない。だけど、今はどうしても黙っていられなかった。


「片親だから人を傷つける? じゃあ、両親がいない人は悪魔なのか? お前が言ってることは、自分だけじゃなくて――そういう人たち全部を、否定してるんだぞ!」


 熱が頭の中を突き抜けていく。怒りなのか、悲しみなのか、自分でもわからない。


「心に悪魔がいるなら、それでいいじゃないか。それもお前だろ。怖いから逃げる? 傷つけたくない? 本当は、自分が傷つくのが怖いだけだろ!」


 陸はなにも言い返せなかった。唇を噛み、うつむいたまま拳を握りしめている。

 その姿を見て、僕の目からも涙がこぼれた。


 ――思い出した。

 どうして僕が昔、陸に「仕方ない」と言ったのか。

 あの時、陸の母親が亡くなって、皆が同情の目を向けていた。

 誰もが彼に優しい言葉をかけた。だけど、それで陸はますます閉じこもっていった。

 このままじゃ、陸が戻ってこなくなる。


 僕は、怖かった。だから、あの言葉を口にした。

 ――陸。もうお母さんは戻ってこない。仕方ないんだよ。

 あの時、陸は怒った。叫んだ。泣いた。

 でも、それでようやく、陸は反応を取り戻した。

 そして、僕はサッカーボールを手に、泣きながら壁打ちをしていた。ボールが大きく弾かれ、その先に陸が立っていた。


『……サッカー、下手じゃん』

『当たり前だよ。陸と一緒に始めるために買ってもらったんだ』


 陸は呆れたように笑い、ボールを僕に蹴り返した。

 その笑顔を見た瞬間、僕の中で何かが報われた気がした。

 あの頃と同じだ。

 僕はまた、陸に笑っていてほしいだけなんだ。

 夜風が、涙を乾かすように頬を撫でていった。


「なんだよ。全く、和真に怒鳴られるの、これで二回目だぜ。普段、怒らない和真をこんなに怒らせるなんて、俺も罪な男だな」


 陸は頭を掻きながら苦笑した。その笑顔には、どこかあの頃の幼い面影が残っている。

 僕は涙を誤魔化すように、大きく息を吐いた。


「本当だよ。僕は普段、温厚なんだ。生涯で怒鳴ったの、これで二回目になっちゃったよ」

「えっ。じゃあ、俺以外に怒鳴ったことないの?」

「あるわけないだろ。この問題児が」

「そっか。……ありがとな、和真」


 陸は真っ直ぐに頭を下げた。

 その姿に、少しだけ胸が熱くなる。僕は言葉を失い、代わりにわざとらしく咳払いした。


「俺、桜井と……もう一回、ちゃんと向き合ってみるよ」

「そうだね。桜井さんも、あんまり気にした様子なかったし」

「いやさ、昨日、告白を断った後、桜井、すごく清々しい顔しててさ。『これからも友達でいようね』って言ってくれたんだ。日向くんも、翼ちゃんも一緒にって……。強がりかと思ったけど、今日も本当に変わらず接してくれて。俺の方が戸惑ったよ」

「……やっぱり、僕らなんかより、桜井さんの方がずっと強いんだよ」

「全くだ」


 二人で顔を見合わせ、声を上げて笑った。

 その笑い声は、沈みかけた夕日の下で、穏やかに風に溶けていく。

 長かった影が並んで伸びる。

 その影は、まるで昔の僕らが、手を取り合って歩いているように見えた。

 あの日と同じように、僕たちは笑いながら家路へと歩き出した。

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