第0話 二十二年目の同級会
同級会のご案内。
白い封筒の便箋に、きちんとした文面が並んでいる。
『拝啓 早春の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。さて、このたび、富谷第三中学校三年B組の同級会を下記のとおり――』
差出人の末尾で、ペン先が止まった。
幹事:桜井詩音
……本当に? 教室の隅で、いつも静かだったあの子が。
俺の名前は日向和真。三十七歳。今は、十五歳の息子と二人暮らしだ。
「中学の同窓会? へぇ、行ってくれば」
夕食後。コーヒーの香りの向こうで、息子の日向陽翔が軽口を投げる。
「あんまり気乗りしないんだよ」
「なんで? 友達いなかったとか」
「いたよ。多少は」
「多少は」
わざと復唱するな。苦笑しながら招待状を置く。
視線は、どうしても幹事名に戻った。
二十二年で、人は変わるのか。それとも、俺の知らない何かが、あったのか。
「父さん、中学の話ってしないよな」
「……話すほどのものはない」
言いかけて、どこかで乾いた音が跳ねた気がした。
――体育館裏の風。右頬に触れる視線の重さだけが残る。何の音だったのかは思い出せない。
ただ、彼女が狙われている気配だけは早くから知っていた。それでも、見ないふりを選んだ。
高校の頃、心理学の本で傍観者効果という言葉を知った。
誰かがやるだろうと考え、動けなくなる。人数が増えるほど、責任は薄まる。
初めて読んだときの感想は、今もはっきり覚えている。
これは、俺のための言葉だ。
もし、あの一年を当事者として過ごしていたら。
何か、変えられていたのだろうか。
「で、行くの? 行かないの?」
陽翔の声で現在に引き戻される。
いつの間にか、返信はがきの【欠席】に丸をつけかけていた。
ペン先を少し浮かせ、もう一度だけ便箋の末尾を見る。
幹事:桜井詩音
「……行ってみるよ」
「珍しい。どういう心境の変化?」
「昔、落としたままの大事なものがあってな。拾えるかもって思った」
「青春っぽ。――あ、そうだ。この前探してたレトロゲーム、押し入れから出てきた」
「本当に?」
「説明書つき」
「……それとは別の落とし物なんだけどな」
「じゃあ、いい? それとも今からやる?」
「やる。いや、同窓会より大事かもしれん」
「おいおい」
結局、二人で二時間ほどコントローラーを握り、陽翔が「寝る」と部屋に戻ったあと、風呂から上がった俺はリビングのテーブルに座った。
湯気の残る指で招待状を持ち上げる。紙がわずかに鳴る。
安易かもしれない。
けれど、珍しく――本当に珍しく、俺は行きたいと思っていた。
しばらく迷ってから、返信はがきの【ご出席】に、静かに丸をつける。
ペンの走る音が夜の部屋に細く伸びた。
封筒を閉じる前に、もう一度だけ幹事名を確かめる。
桜井詩音。
胸の奥で、古い拍が小さく跳ねた。
――なぜ、君が幹事なんだ。
その問いだけが、背中を押した。




