第八章「記録の深淵と、新たな訪問者」 第2話「記録執行官ユグ=エルと、試される存在価値」 〔前編〕「第零層の主、ユグ=エルとの邂逅」
白銀に染まる無限書架――そこは“第零層”と呼ばれる、グランアーカイブの最深部にして最初の記録。
誰にも読まれず、記録にも記されぬ記憶が、漂うように空間を埋めていた。
「……ここが、“記録の根”か」
剛は足元に漂う粒子に手をかざしながら、呟いた。
粒子は手のひらに触れることなく、すり抜けていく。まるで夢の残滓のようだった。
ティナが書架にそっと触れる。だが、そこに書かれているはずの“記録”は存在しない。
見えるのは、白紙の書籍、もしくは文字が消し飛んだ破片ばかりだった。
「記録が……ない? いや、違う。まだ“存在”してないのね」
ティナが眉をひそめる。
そのときだった。静かに、空間が反転するような音がした。
「——確認。外部記録体、侵入検出」
「記録の整合性評価を開始します」
白の粒子が集まり、徐々に人型の影を形作っていく。
それは、一切の装飾を排した衣に身を包み、顔に仮面をつけた女性型の存在だった。
「……あなたが、“記録執行官ユグ=エル”か」
リナ=オルタが一歩前に出て名を呼ぶと、その仮面がわずかに揺れた。
「私は記録執行官ユグ=エル。
“存在価値”が未確定の外部記録体を削除するための、最終判断を下す者です」
その声は澄んでいて美しいが、冷気のような硬質さを帯びていた。
彼女の周囲には、複数の“削除済み記録”の欠片が浮かんでいる。
それは、かつてグランアーカイブに辿り着きながら、存在価値を示せなかった者たちの成れの果て。
「あなたたちは、世界に必要とされていない“変則的転生者”。
その存在が、この世界の記録秩序に貢献しうるか、今ここで証明しなさい」
剛が前に出た。
「証明、か……。なら、やってやる。何度でも。
だって、俺は“記録を壊して書き直す”ことを選んだ人間だからな!」
ユグ=エルの手がかすかに動いた。
空間に浮かぶ記録の欠片が収束し、鋭い刃となって剛に迫る。
その瞬間、剛のスキルが光る。《記録編集者》が発動し、剣が再構成される。
剣が空を切り裂く。だが、ユグ=エルの動きは一切見えなかった。
彼女はただ、片手を掲げて言う。
「まだです。あなたの“存在価値”は、この程度では測れない」
ユグ=エルの仮面に、初めて微かに“興味”の色が宿った。
「記録の最下層に生きるということが、どういうことか。
その身をもって、知っていただきます」
そして、空間が再び揺れる。
次の瞬間、剛たちは“自分自身の記録の裂け目”へと引きずり込まれていく――
──〔中編〕へつづく。




