第八章「記録の深淵と、新たな訪問者」 第1話「アーカイヴ・スフィアの来訪者」 〔後編〕「試練の記録と、開かれる扉」
ルミアが一歩踏み出すと同時に、アーカイヴ・スフィアの中央部が微かに震え始めた。
音もなく、光が渦を巻き、無数の記録パネルが空中に浮かび上がる。
「始まるわ……“記録同調テスト”。グランアーカイブへ至るための、最終確認よ」
リナ=オルタが構えたように言う。
記録パネルはそれぞれ、剛、ティナ、リナの前にゆっくりと浮かび、そこに映されたのは――
彼らが過去に繰り返した“転生の記録”、その断片だった。
「これは……」
剛の前には、かつて一度きりで命を落とした“泥まみれの沼地”、
ティナの前には、“スキルを盗まれて見捨てられた村”の記録が浮かび上がる。
「記録とは、消えた過去ではない。
向き合うべき“問い”であり、時に“呪い”にもなり得る」
ルミアの言葉と共に、記録が実体を帯び、空間に投影された。
それぞれの“失敗”が再現され、目の前に立ち塞がる。
そして――
剛の前に現れたのは、自分自身だった。
まだ何も知らず、転生するたびに諦めていた頃の“過去の自分”。
迷い、逃げ、そして折れた記録。
「俺は……」
剛が唇を噛みしめる。
「何度も失敗して、何度も逃げてきた。でも……」
剛は、剣を抜いた。
「今のおれは、“書き換えることを恐れない”。
記録を消すんじゃない。選び直すために、向き合うんだ!」
その一振りが、“過去の自分”を断ち切った瞬間、記録が静かに光に変わった。
ティナもまた、自分を見捨てた仲間たちの幻影に立ち向かっていた。
「……あなたたちはもう、私の“今”じゃない。
私の記録は、私自身が作る!」
そしてリナは、“記録を壊した罪”の記憶に微笑む。
「ええ、壊したわ。記録も、神も、全部。
でもそれでも、私は選ぶ。この物語を、歩き続けるってことを」
やがて三人の前に残ったのは、ひとつの扉だった。
それは、他のどこにもつながっていない“記録未接続領域”。
扉の上には、かすれた文字でこう記されていた。
《グランアーカイブ:第零層》
ルミアが静かに扉の前に立つ。
「あなたたちの記録は、すでに“神の管理外”にある。
この先は、誰も辿ったことのない場所――
あなたたち自身の物語を、ここから紡いでください」
剛は頷いた。
「行こう。記録の果てのその先へ」
三人は扉を押し開けた。
その先に広がっていたのは、白く無限の書架――
世界中のすべての記録が、まだ何者にも読まれていない“記憶の原野”だった。




