第八章「記録の深淵と、新たな訪問者」 第1話「アーカイヴ・スフィアの来訪者」 〔中編〕「記録の棺と、招かれし者たち」
アーカイヴ・スフィアの巨大な外殻が、まるで花弁が開くように静かに展開していく。
その中心に現れたのは、半透明の記録炉――いや、無数の記録カプセルが並ぶ聖堂のような空間だった。
「……ここが、“記録の棺”」
リナ=オルタがぽつりとつぶやく。
それはかつて、神々に敵対した者たちの記憶を封じるために作られたと言われる装置。
だが、今は――過去と未来、どちらの記録にも属さぬ“曖昧な存在たち”が、眠っている。
「なんだこれ……人、か? いや、これは……“記録の影”?」
剛は慎重に近づき、カプセルの中にうっすらと見える人影に目を凝らす。
眠っているのは、転生者の記録を再構成中の存在――
“転生を拒絶された者”、“記録を途中で放棄した者”、“記録を盗まれた者”……
彼らの姿は、輪郭すら曖昧で、名前もない。
「これは……神代連盟に“認められなかった記録たち”よ」
ティナが声を落とす。
「スキルに名前がつけられず、転生サイクルに乗れなかった者たち……
そのまま“仮死”状態に封じられ、記録も名前も奪われた……」
その時、奥の棺がひとつ、音もなく開いた。
ゆっくりと現れたのは、灰色の髪の少女だった。
年齢は、見た目には十代半ば。だがその瞳は、数百年の記録を超えた深淵を映していた。
「認証完了。記録番号P-07、“予備観測体ルミア”、再起動」
彼女は剛のほうをまっすぐに見つめ、言った。
「あなたが、“記録編集者”なのですね。
ならば、私はあなたに同行します。次なる記録の交差点、“グランアーカイブ”へ案内するために」
剛は息を呑んだ。
「グランアーカイブ……本当に、あったのか……?」
ルミアは、静かに首を縦に振った。
「神すら閲覧できない、記録の最下層。
そこには、すべての“転生の原理”と、“この世界の記録の始まり”がある。
あなたたちは、そこへ行く準備が整った……と、“観測”が告げています」
リナ=オルタが、やや険しい表情で彼女を見た。
「観測体……ってことは、あんた、神代側の造られた存在なんじゃ……?」
「ええ、もともとは神代に造られました。
でも今は違う。“記録を守る側”ではなく、“記録と共に歩く側”です」
剛は一歩、彼女のそばに近づき、手を差し出した。
「なら、信じてみる。俺たちは、記録を選びなおすためにここに来たんだ」
ルミアは、その手を取った。
冷たいが、しっかりとした意志を持つ感触だった。
──すべての記録を巡る旅の扉が、静かに開こうとしていた。
──〔後編〕へつづく。




