第七章「記録なき日々と、新しき危機」 第2話「誕生する村と、“記録を恐れる者”」 〔中編〕「記録と自由のあいだで」
アリエル村に広がった“シロの言葉”は、剛たちが予想していた以上に深く、人々の心を揺らしていた。
「名前がつくって、そんなに恐いものなんですか?」
昼、作業の合間に子どもが剛に尋ねた。
剛は道具を置いて、しゃがみこむ。
「うん。名前ってのは、“その人をこの世界に留めるための杭”みたいなもんだ。
だから……それが嬉しい人もいれば、怖い人もいる」
「でも僕は、“ここにいる”って思える名前がほしい」
子どもの小さな声が、剛の胸を軽くした。
「……じゃあ、考えようか。お前にぴったりの名前を」
一方、ナナの元には、不穏な情報が届いていた。
「“記録を拒む者たち”が、近郊に集まりはじめてるわ。
おそらく、シロが何かを動かしてる」
ナナが机に書類を広げながら、剛とティナに報告する。
「アリエル村が“名前を与える場所”として広まった分、逆に“名前を持ちたくない者”の反発が強まってる。
もしかしたら、直接的な干渉も……」
「戦いってことか?」
ティナが険しい顔で尋ねる。
「まだわからない。でも、彼らは“定義されない自由”を信じてる。
それを守るためなら……こちらの“記録”を壊しに来る可能性はある」
剛はしばらく沈黙した。
そして、ぽつりと呟く。
「たしかに、俺たちは“勝手に名前をつけてる”のかもしれないな。
でも、それは希望でもあるはずなんだ。生きてることの証……消えない足跡だ」
ナナが彼の目をまっすぐ見つめる。
「でもその“証”が、誰かの自由を壊すなら……それは、暴力になる。
剛、あなただけじゃない。もう、“定義者”はこの村に何人もいる。
誰にでも“名付ける力”を渡してしまった以上……この世界は、無傷じゃ進めない」
その時、村の門が開き、ひとりの青年が駆け込んできた。
「大変です! 近くの林で、“未定義集団”と接触しました!」
「未定義……?」
「名もなく、職もなく、記録も持たない。まさに“記録を拒む者”たちです。
彼らの言い分は明確です――“アリエル村の記録は、世界を汚す”と」
場が一気に緊張する。
剛は、深く息を吸った。
「会おう。直接、彼らと。……話して、知りたい。
“記録を恐れる者”が、何に怯えているのかを」
──後編につづく。




