第七章「記録なき日々と、新しき危機」 第1話「神なき朝と、世界の原風景」 〔後編〕「世界を形づくる最初の手」
風が止まり、辺りが静まり返る。
霧のように消えた《シログマル》の残滓すら、すでにどこにもない。
その静けさを破ったのは、剛の一歩だった。
「さあ……次は、“俺たちの村”を作ろうぜ」
ティナとナナが顔を見合わせる。
そして、どちらからともなくうなずいた。
丘の上に登ると、遠くまで見渡せる広大な土地が広がっていた。
川が蛇のように走り、未定義の林がぽつぽつと続き、空には新世界の太陽。
「まず、拠点を決めて、水源に近い場所を中心に資材を集めて……」
ナナがメモを取りながら呟く。
「この“最初の村”には、名前をつけましょう。記録の最初に載る、大切な名前よ」
剛は迷わず言った。
「“アリエル”……どうだ?
“在る”って意味と、“遥かなるもの”って響きがあるって、昔読んだ本にあった」
ナナが微笑む。
「いいわね。アリエル村……記録、開始します」
《新地名登録:「アリエル村」》
《特性:拠点/起源/定義者の拠点》
《自動定義範囲:半径200m》
《記録機能:一部有効化》
「……始まったな、本当に」
ティナが腰に手を当てて言う。
「でも剛、あんた覚えてる? あのシロって奴の言葉」
剛は、空を見上げる。
「“名前は毒になる”ってやつか」
ナナが静かに続ける。
「“定義”って、つまり“固定”でもあるのよね。
名前を与えれば、それは枠にはめられる。可能性の一部を殺すことにもなる」
「……それでも、俺たちは進まなきゃいけないんだ。
何もないこの世界で、“生きる”ってことは、“定義する”ってことだろ?」
その言葉に、ふたりは小さく笑った。
「結局、あんたってそういう奴よね。迷っても、最後は歩き出す」
「それが“命”という記録の第一行だもの」
その時だった。
遠くから人影が、ちらほらとこちらへ向かっているのが見えた。
大人、子ども、戦士、旅人。
“定義されていない世界”で道を見失った者たちが、自然と集まってきていた。
剛たちはまだ「王」ではない。
「救世主」でもなければ、「神」でもない。
だが彼らは、“名前を与えた者たち”として、少しずつ“存在の核”になり始めていた。
ティナが口元を引き締める。
「さて。宿屋を作る? まずは食料庫?」
「いや、その前に……」
剛は、少し照れくさそうに言った。
「この村の“掟”を、考えよう。
“名前をつける”ってことに、みんなが責任持てるように」
ナナがゆっくりとペンを走らせる。
「第一条。――“名前には、敬意と覚悟を持つこと”」
「……いいじゃん。アリエル村、最高のスタートだよ」
新しい世界に、最初の灯りがともった。
それはまだ、とても小さな光。
だがきっと、それは――“全ての始まり”だった。
──第1話・完。




