第七章「記録なき日々と、新しき危機」 第1話「神なき朝と、世界の原風景」 〔前編〕「目覚めの大地」
まるで――世界が産声をあげた、その瞬間のようだった。
剛が目を覚ましたのは、どこまでも広がる緑と、雲ひとつない青空の下だった。
風は穏やかで、鳥のような鳴き声が遠くに聞こえる。だが、聞き覚えのある種類ではない。
隣で、ティナがうなり声をあげながら身体を起こす。
「ん……ここは……」
「起きたか。……たぶん、“あの定義”のあとに来た場所だ。新しい世界だ」
剛は周囲を見渡した。
森でもなく、草原でもない、自然のままの“原野”がどこまでも続いていた。
空には太陽がひとつ。ただ、それが正確な「時間」や「方角」を指すような感覚はない。
空間自体がどこか、“未完成”で、“仮のもの”のように感じられる。
ナナも起きた。
「……記録が、ない」
「え?」
「私のスキル――“世界記録参照”が反応しない。この場所には、何も書かれていないわ。
言い換えれば……ここは記録ゼロの世界。私たちが最初のページってこと」
剛はごくりと唾を飲んだ。
「……つまり、俺たちが定義した“新世界”ってのは、本当に……最初から始まってるってことか」
ティナが、立ち上がりながらぼやいた。
「ってことは……街も、国も、地図も、ぜーんぶ無いってこと?
面白いじゃん。まるで冒険の原点に戻ったみたい」
剛は深呼吸した。空気は澄んでいて、気持ちがいい。
けれどどこか、“寂しさ”のようなものが胸を過った。
見慣れた町の風景も、旧友たちの声も、全ては“旧世界”に置いてきたものだった。
「……寂しいか?」
ナナが不意に聞いた。
「少しな。だが、それ以上に“ワクワクしてる自分”がいるのも事実だ。
なんか、ここでなら……やり直せる気がするんだよ」
彼らの目の前には、一本の丘があった。
何もない場所。けれど、何かを始めるにはちょうどいい。
剛はゆっくりと歩き出す。
「まずは――拠点を作るか。生きる場所をな」
そのときだった。
空気がピンと張り詰め、草むらがざわめいた。
ナナが一歩引いた。
「何か、来るわ」
草をかき分けて現れたのは、ひとりの“少年”だった。
だがその目には、生気がなく――
「お前たち……“記録を持ってる”な……」
その言葉に、剛の胸がざわつく。
「お前……誰だ?」
少年は言う。
「“記録のない者”だ。
この世界において、“何も持たず、何も望まない”存在……
お前たちがここを“定義”するなら、それはもう“侵略”だ」
そして少年の背後から、何かが現れた。
空白の霧を纏ったような、“名前のない獣”――
世界のルールの外にある、定義不能の存在。
剛は剣を抜いた。だが、名前も属性も持たぬそれに、システムが反応しない。
「……なんだこれ……」
ナナが呟く。
「定義されてないモノは、“存在しない”と同じよ……攻撃も、認識すらできない」
ティナが叫ぶ。
「じゃあ、どうやって戦えば――」
剛は、拳を握りしめた。
「だったら――名前をつける!」
彼の目が燃える。
定義者としての力が、再び試される時が来た。
──中編へ続く。




