第六章「神なき世界と再定義される命」 第3話「神の知識と、最初の選択」 〔後編〕「世界に意味を与える者たち」
《第二定義:世界とは、“救われるため”にあるのか、“乗り越えるため”にあるのか?》
問いの文字が、空間に響くように浮かんでいた。
これは神が残した“最後の選択の試練”――
つまり、「この世界そのものにどんな意味を与えるか」を問う、最大の定義だった。
「救われるため、か……」
剛が呟く。
「俺たち転生者は、きっとずっと、“救われる存在”でいたかったんだと思う。
何度死んでもやり直せて、強くなって、誰かが“すごい”って言ってくれて……
けど、それってさ――“世界に甘えてた”だけなんじゃないか?」
ティナが目を伏せてから、顔を上げる。
「うん。私も最初はそうだった。
“この世界がおかしい”“誰かが直してくれる”――
でもね、旅してるうちに思ったの。
この世界って、“乗り越えるためにある”って」
ナナも珍しく力を込めて言葉を紡ぐ。
「救いを待つだけの世界なら、もう何万回も滅びてるわ。
でも、誰かが立ち上がり、向き合い、抗い、未来を選び続けてきた。
その記録が、私たちの歩いたこの道なのよ」
剛は、静かに羽ペンを持ち上げた。
迷いは、なかった。
彼は、これまでのすべての出会いと別れ、喪失と再生を胸に刻み――
書く。
《世界とは、“乗り越えるため”にある。
そして、乗り越える力を生むのは、誰かの祈りでも祝福でもない。
それは、自分自身が選び続けるという“意志”だ。》
その瞬間、主記録層の空が割れた。
否、“開いた”のだ。
無数の記録、定義、世界の根が、書き換えられていく音。
光が、玉座の奥から溢れ出す。
ティナが息を呑む。
「これは……!」
ナナの手のひらが、熱を帯びる。
「記録が、更新されてる……! いま、世界が“再定義”されてるのよ!」
そして最後に、空間のすべてが静寂に包まれた。
玉座の前に現れたのは、まばゆい“光そのもの”の姿。
それは神ではなかった。ただの、“記録にすら残らない何か”。
『新たな定義を確認――完了。』
『世界の再起動準備、整いました。』
『これより、選ばれし定義者たちに問います。』
声が静かに剛たちに届く。
『お前たちは、“定義を選んだ者”として、この先の世界を歩む覚悟があるか?』
剛は、まっすぐ答えた。
「あるさ。……いや、“あった”んだよ、最初から」
光が、微かに微笑んだように感じられた。
『世界は、再起動されます。』
『新しい価値、新しい秩序、新しい希望のもとに。』
空間が、音もなくほどけていく。
剛たちは――次なる時代、“新世界”へと歩み出した。
それは誰かが定義した未来ではない。
彼ら自身が選び、書き記した、自分たちの物語の続きだった。
──第3話・完。




