第六章「神なき世界と再定義される命」 第3話「神の知識と、最初の選択」 〔前編〕「主記録層と、空白の玉座」
光が消え、音が戻った。
剛たちが立っていたのは、まるで“宇宙”をそのまま転写したような空間だった。
無数の浮遊文字列が天の川のように巡り、中央には、巨大な石造りの階段。
その先にあるのは――空の玉座。
「……ここが、《グランアーカイブ主記録層》……」
ナナが声を震わせる。普段、冷静沈着な彼女が、瞳を見開いていた。
「全部……ここにあるのね。
転生の理、世界の根幹、神々の意志、そして……“今までのすべて”が」
剛は口を開かず、玉座をじっと見つめていた。
それは不思議な場所だった。
玉座が“空”であることに、意味がある気がした。
「座ってないんだな。神は」
彼の呟きに、ティナが小さくうなずく。
「あるいは……最初から、“いなかった”のかもね」
その時、玉座の手前――空間に、“人の形をした光”が現れた。
それは神でもなく、記録執行官でもなく、ただの案内人のような存在だった。
『ようこそ。選ばれし者たちよ』
『お前たちは、記録と存在の狭間を越え、この地に辿り着いた』
「……誰だ、お前」
剛が問いかける。
『私は、《主記録層の管理記録》。この場所の“書き手の影”だ。
かつて神々が座し、世界を定義し続けた場所。
そして今は、“記述を委ねる者”を待ち続けている』
「委ねる?」
ナナが目を細める。
『この空の玉座は、かつて神々が“世界を記録する権能”を用いて座していた。
だが彼らは、全てを記録し尽くし、定義し尽くし……
やがて、この世界の変化を許さぬ“完了”状態に到達した』
「……え?」
ティナが絶句する。
『だからこそ、彼らは去った。
世界の再起動を、後に来る者たち――“定義を知らぬ者”に託して』
剛の拳が震えた。
「それって……俺たち、転生者は……」
『ああ、君たちは“記録の外から来た因子”――
予測不能なバグであり、変数であり、可能性である』
空気が重くなった。
それは畏敬でも、恐れでもない。
ただ、背負わされた重さが、全員の肩にずしりとのしかかる。
「……つまり、この場所で、“世界を書き換える”ことができるってことか?」
剛の問いに、“書き手の影”は静かにうなずく。
『この《主記録層》の玉座に触れた者は、世界の定義を書き換える権限を得る。
ただし、それは選択と代償を伴う。』
「選択……?」
『そう。お前たちは、これからいくつかの“定義”を選ばねばならない。
世界の理、命の重さ、転生の仕組み、存在の意味――
あらゆる問いに、一つずつ“言葉”で答えよ。
その“定義”こそが、新しい世界となる』
剛は玉座を見上げる。
それは美しい石と金属の複合構造で、左右に巻物状の記録デバイスが繋がっていた。
無数の記録が刻まれた“巻き取り式の宇宙”。
だが今、その巻物の先端は――白紙だった。
「本当に……俺たちに、それができるのか?」
ティナが静かに答えた。
「誰でも最初は、白紙だよ。
でも、あんたが積み重ねてきた“歩み”が、そのペンになる」
ナナも続ける。
「私たちは……世界に書き込まれる存在じゃない。
“世界に書き込む”側に、立ったのよ」
剛はゆっくりと玉座に向かって歩き出す。
彼の手に、いつの間にか“羽ペンのような記録装置”が握られていた。
それは、彼の旅そのもの――魂の形だった。
そして彼は、第一の“選択”に直面する。
《第一定義:命とは、“終わるべきもの”か、“続くべきもの”か》
──第3話・中編へ続く。




