第六章「神なき世界と再定義される命」 第2話「記録執行官ユグ=エルと、試される存在価値」 〔中編〕「記録外試練と、問いかけの迷宮」
世界が、変わった。
剛の足元が、音もなく沈む。
次に目を開けたとき、彼は漆黒の迷宮にいた。
天井はない。道は曲がり、交差し、絶え間なく“問い”の文字が浮かび上がっては消えていく。
《記録外試練区画》――そこは、存在の意味を問う迷宮。
「これは……“俺自身が、自分をどう定義するか”の試練かよ……」
迷宮の壁には無数の“問い”が刻まれていた。
その一つひとつが、剛の心を試す。
《問1:お前が救いたいと思った人は、本当に救われたか?》
《問2:お前は“特別な存在”か? それとも、ただの偶然か?》
《問3:お前の行動の動機は、自己満足ではないのか?》
剛は足を止めない。だが、胸の奥にチクリと刺さるものがあった。
――全部、正面から答えられない。
ティナに助けられたことも。
ナナの知識に頼ったことも。
ルナや多くの仲間に支えられてここまで来た。
けれど、自分は――
「……全部、自分の意志だって言いたい。
でも実際、俺は弱くて、誰かに救われて、今ここにいる」
その時、道の先にひとつの“扉”が現れた。
扉には文字が刻まれている。
《定義試問:お前が“唯一無二”だと証明せよ》
「“唯一無二”……だと?」
剛は扉に手をかける。
だが、開かない。
その代わりに、扉の前に現れたのは、もうひとりの自分だった。
だがそれは、剛に似て非なる存在。
表情も、眼差しも、すべてが“理想的な”自分だった。
「お前が“なりたかった自分”さ」
理想の自分が言った。
「失敗せず、最初の転生で世界を救い、誰にも迷惑をかけなかった。
仲間を巻き込まず、すべてを一人で完遂する完璧な存在。
それが、本当のお前であるべきだった」
剛は無言で、それを見つめる。
羨望もあった。
怒りもあった。
だが、剛は静かに言葉を返した。
「……いや。違う」
「?」
「俺は、そんな奴じゃない。
失敗して、泣いて、逃げたくなって、それでも誰かに手を引かれて、また立ち上がって……
そうやって、少しずつ前に進んできた。
それが“俺”なんだよ」
その瞬間、理想の自分の姿が――ゆっくりと崩れていった。
壁に刻まれていた問いの文字たちも、一斉に消えていく。
そして、扉が――音を立てて開いた。
中には光があった。
遠くから、ティナとナナの声が聞こえる。
「剛――っ!!」
剛は微笑んだ。
「行こう。オレがオレであることを、世界に刻むために」
彼は光の中へと、足を踏み入れた。
──〔後編につづく〕




