第六章「神なき世界と再定義される命」 第1話「グランアーカイブへの扉」 〔後編〕「問いと審問、定義の戦場」
「“記録”とは、誰のものだと思う?」
記録執行官ユグ=エルは、灰色の仮面の奥で、静かに問いを投げかけた。
「それは神のものだ。そして神が去った今、私たち執行官が“神の意志”を継ぐ」
その場には剛、ティナ、ナナ。そして、定義なき空白の世界が広がっていた。
彼らは今、世界の論理そのものと対峙している――それが、執行官ユグ=エル。
「お前らは“記録”を守ってるんじゃない。ただ固定してるだけだろ」
剛が睨みつける。
「変化も、選択も、成長もない。“上から決められた通り”に従わせるだけじゃ、生きる意味なんてねえ!」
その剣幕にもユグ=エルはまったく動じなかった。
「意味など、“定義されなければ存在しない”。
お前たちは、自らの存在を記録の外に置き、
いずれ全ての秩序を崩壊させる因子となる」
そして彼は手をかざした。
「これより、“存在の審問”を開始する――」
次の瞬間、大地が“記録の文字列”で覆われた。
空間が編まれ、文字が剛たちの身体を束ねる。
それはスキルではなく、“存在そのものの定義を書き換える”呪い。
「剛の記録、再生開始。転生1回目――即死。転生2回目――即死。転生3回目……」
次々と“失敗の記録”が剛の目の前に突き付けられる。
無数の“敗北のログ”が、彼の身体を縛っていく。
ティナが叫ぶ。
「やめて! 剛はそれを乗り越えて、ここまで来たのよ!」
「乗り越えた?」
ユグ=エルの仮面の奥で、かすかに笑みが浮かぶ。
「それはお前たちの主観だ。
“記録”は、常に客観をもって世界を定める。
彼が積み重ねてきたのは、“死”と“エラー”だ」
剛の膝が折れた。
過去の自分――惨めで、情けなくて、無力だった自分。
それが、無数の“データ”として突きつけられ、否定されていく。
――でも。
そんな剛の肩に、手が触れた。
「剛、立て。あんたの“歩んできた時間”は、誰よりも強いって、私は知ってる」
ティナだった。真っ直ぐな眼差し。
「記録に残らないなら、私が覚えてる。
私の中にある“あなたの今”が、真実よ」
その声が、剛の胸に届いた。
ゆっくりと、剛は立ち上がる。
「……ああ、そうだよな」
剛はスキルカードを握りしめた。
「記録がすべてじゃねえ。俺の価値は、“俺が生きてること”で証明する!」
スキル《存在上書》が光を放つ。
剛の背後に、無数の転生で得た“耐性”と“魂の残響”が浮かび上がる。
「オレは、オレのままで、未来を選ぶ!」
その瞬間、記録文字の拘束が破裂した。
空間が震える。
ユグ=エルの仮面に、初めて“驚き”の感情が走った。
「……これは……記録の……外部定義……? まさか……“上書き”だと?」
剛の一撃が、仮面に届いた。
ユグ=エルは光の粒となって散る直前、最後の言葉を残す。
「記録の運命は、ここでは終わらない。
お前たちが選んだ“定義なき未来”が、どれほどの混沌を招くか……見せてもらおう」
静寂が戻った。
広がる白の空間の中に、ひとつの黒い扉が現れる。
そこには、かすかに“手書きの記号”が刻まれていた。
ナナが目を細めて読む。
「……“G.O.D.S”――?」
剛が、その扉に手をかけた。
「神の座……ってやつだな。次は、そこだ」
彼らの旅は、さらに深層へ――
記録の始まりすら越えた、“創造と再定義の核心”へと進んでいく。




