第六章「神なき世界と再定義される命」 第1話「グランアーカイブへの扉」 〔中編〕「記録と意思、神の不在と代行者たち」
空間の揺れが、世界の論理そのものを軋ませていた。
剛たちが“扉”を越えた先――そこはまさに、世界の中核だった。
だが、そこには予想していたような壮麗な神殿も、情報の海もなかった。
広がっていたのは、無音の白い大地。
天も地もない、まるで“概念”そのものに足を踏み入れたような異空間だった。
歩を進めるたび、背後に残すはずの足跡すら消えていく。
存在が、“定義されていない”場所。
剛は感覚を失わないように、自分の胸元をそっと叩いた。
すると、前方に黒い影が立ち上がった。
――ヒトのようで、ヒトではない。
まるで線画のような輪郭だけを持つその存在は、音もなく浮かび上がり、三人の行く手を遮った。
「確認完了。
記録認証者:転生者“剛”、現実接続:失効。
分類コード:記録干渉者。アクセス権限、未承認」
影のような存在が、機械的な口調で告げる。
「記録執行官……」
ナナが低くつぶやいた。
それはこの世界の秩序を管理する、“神の代行者”たち。
神が不在となった今でも、世界の記録はなお自動的に書き続けられている。
それを守るための存在――《記録執行官》。
ティナが身構える。
「じゃあ、私たちは……この場所じゃ“異物”ってわけ?」
「異物は“排除”される。
記録の上位機構より命令:
転生者の進入は、記録秩序の破綻要因と判断。強制隔離プロトコル、起動」
地面が波打ち、無数の光の糸が三人を取り囲む。
まるで“この世界そのもの”が彼らを捕えようとしていた。
「チッ、こいつら……容赦ねぇな!」
剛が叫ぶ。
その瞬間、彼のスキルカードが発光した。
《存在上書》――記録にすら定義されていない“未知の力”が、世界の根本を揺るがす。
剛のまわりに、過去の仲間たちの影が一瞬だけ浮かぶ。
過去の自分。選ばれなかった者たち。
墓標の前で出会った、あの“もうひとりの剛”の姿も。
「存在上書・起動……!」
光の糸が破れ、世界の構造が一瞬“停止”する。
その隙に、三人は白の大地を駆け抜けた。
遠く、白の空間の奥に、一本だけ黒い“階段”が見える。
それは、最上層記録へと至る道――
《神の座》へとつながる唯一の経路。
だが、そこにもうひとつの影が立ちはだかる。
今度の影は、明確な“個”を持っていた。
長い外套に、記録言語でびっしりと刻まれた法衣。
そして、灰色の仮面。
「……ようこそ、記録秩序の根幹へ」
低く、澄んだ声。
「我が名はユグ=エル。記録執行官第七位。
貴様らの記録干渉を、正式に審問させてもらおうか」
仮面の奥、ひとつの瞳がわずかに“笑った”。
──〔後編につづく〕




