第六章「神なき世界と再定義される命」 第1話「グランアーカイブへの扉」 〔前編〕「沈黙する空白域へ」
静かな夜だった。
空に星はなく、風もなく、ただ月だけが黒い輪郭を描いていた。
その下を、剛たち三人の影が進んでいた。
剛、ティナ、ナナ。
目的地は――“この世界の記録が始まる前”に存在していたと言われる場所、《空白域》。
「本当にこの先に……“グランアーカイブ”があるの?」
ティナが問いかける。彼女の声には微かな不安が混じっていた。
「正確には、“そこにしかない”としか言えない」
ナナが足元を確認しながら答える。
「この世界のあらゆる出来事――転生、スキル、都市の設計、貨幣の流通、信仰の歴史。
すべての根源を記す最上位記録層は、この“空白域”の先に接続されているとされてる」
剛は、ふと手元のスキルカードを見る。
《存在上書》――あの墓標で得た新たなスキル。
今はまだ、意味も力も分からない。
でも、“選ばれなかった者たち”の願いは、確かにこの手の中にある。
「……つまり、この先は“記録の始まり”じゃなくて、“記録の外側”ってことか」
「そう。私たちは今から、“世界のルールの書き手”の影を辿ることになる」
やがて霧が濃くなり、周囲の景色が音もなく“消えて”いく。
地面は石畳でも草でもない――“描写されていない”ような無の空間。
ナナは、懐から小さな水晶球を取り出した。
「《記録針》……これが反応するなら、本物ね」
水晶球の中で、光の針が激しく回転を始める。
そのとき。
空間が――“めくれた”。
視界の中央に、音もなく現れる黒いアーチ。
それはまるで本の見開きのように、大地を折りたたみ、そして開く。
「……これが、グランアーカイブへの“扉”……」
ティナがごくりと喉を鳴らした。
そのアーチの奥には、ただ白い光とノイズがうねる空間が広がっている。
見ているだけで、記憶がふるい落とされそうなほどの“空虚”だった。
剛は一歩、踏み出す。
「やるしかない。
あそこに行かなきゃ、“この世界”を変えることなんてできないからな」
その言葉に、ナナとティナも頷く。
三人は静かに、空白の扉をくぐっていく。
そこから先は、“神”が姿を消した後も自動で記録を刻み続けた、
真に無機質な“世界の心臓部”。
グランアーカイブ――その扉が、静かに開かれた。
──〔中編へつづく〕




