第五章「書き換えられた世界と、抗う者たち」 第5話「選ばれなかった世界の墓標」 〔中編〕「もうひとりの自分と、選択の重み」
「問いを持て、剛。
――お前が選ばなかった私は、本当に間違っていたのか?」
白い霧の中、もうひとりの“剛”が、静かに問いかけてくる。
その声は感情を持たない機械のようで、だが、奥底に宿した焦燥と哀しみが痛いほど伝わってきた。
剛はしばらく言葉を返せなかった。
「……お前は、“俺”なのか?」
「ああ。お前が“スキル再走”を使わなかった未来で、
何度でも失敗しながら、それでも立ち上がろうとしていた“かつてのお前”だ」
その“もうひとりの剛”は、剣の柄を握っていた。
傷だらけの鎧。ひび割れた盾。
何百、何千回と倒れ、それでもあきらめなかった意志の残滓。
「俺たちは、何度も殺された。
意味のない死を重ね、笑われ、踏みにじられ、それでもなお……」
彼は、剛を睨みつける。
「お前が“記録再走”で一回の奇跡にすべてをかけて過去を変えたとき、
俺たちは切り捨てられた。
“選ばれなかった人生”として、捨てられたんだ」
ナナが口を開く。
「あなたの存在は……“レムナント”。
記録に吸収されきれずに、現実と記憶の隙間に残された、断片」
「そうだ。“断片”だ。だがな、剛――」
もうひとりの剛は、ゆっくりと剣を引き抜いた。
その刃は、色を失っていた。まるで記録の外にある武器。
「記録が定義する“正しさ”なんてクソ喰らえだ。
お前が得た奇跡を、俺たちは“積み重ね”でたどり着くつもりだった。
それを、ショートカットされたんだ。あの一回の再走でな」
剛は、苦しげにうつむく。
確かに、彼は過去を変えた。
そのおかげでティナも、ロルフも救えた。
だが同時に、その選択で切り捨てた“かつての自分たち”も存在したのだ。
そして、もうひとりの剛が言う。
「お前に問う。
“正しさ”の裏で切り捨てたすべてを、
本当に忘れて進めるのか?」
剛は、拳を握った。
ナナがそっと隣に立つ。
「剛……決めて。あなたは、“記録を信じるか”、それとも“記録の外に手を伸ばすか”」
霧の中で、選ばれなかった者たちの幻影が揺れる。
ティナがささやく。
「私も……選ばれなかった“私”がいたのかもしれない。
それでも私は、今を生きてる。“あなたの今”を……信じたい」
剛は剣を抜いた。
「俺は……全部背負って進むよ。
選ばれた未来も、選ばれなかった過去も。
どちらかを切り捨てるなんて……俺には、もうできない」
剛と、もうひとりの剛が剣を交える。
記録を越えて、二人の“可能性”がぶつかり合う。
記録の外、選ばれなかった世界での戦いが、今、始まった。
──〔後編につづく〕




