第五章「書き換えられた世界と、抗う者たち」 第5話「選ばれなかった世界の墓標」 〔前編〕「誰にも記録されなかった死者たち」
それは、風も音もない場所だった。
剛とナナ、そしてティナの三人は、地図に存在しない道を辿っていた。
“存在しなかった村”の件以来、世界にほつれのような揺らぎが生じ始めていた。
「ナナ……この道、さっきからどこにも繋がってないように見えるんだけど」
ティナが不安そうに後ろを振り返る。
来た道が、影のように消えていた。
ナナは地図とにらめっこしながらつぶやく。
「この場所は……“削除された村”が記録されたページの裏側。
言い換えれば、《選ばれなかった可能性》の集積地」
剛は息を呑む。
「つまり……死んだはずの転生者たちの記憶が、“消されないまま溜まってる”場所……」
世界のルールに反して生き残った者、
正しく死んだが記録されなかった者――
彼らの記録の“亡骸”が、静かに蓄積された空間。
そして――霧の向こうに、ひとつの“碑”が姿を現す。
巨大な石碑。
表面には、びっしりと名前のようなものが彫られていた。
だが、どれも中途半端に削れ、読むことはできない。
「……ここが、“記録に選ばれなかった者たち”の墓標か……」
剛が近づこうとすると、石碑の影から、ひとりの男が現れた。
ぼろぼろのローブ、顔の半分を包帯で覆い、片目だけが光っている。
「来たか、“記録を変えた者”よ」
男は、どこか懐かしい声で言った。
その姿に、剛は即座に構えを取る。
「……お前、どこかで会ったことが――」
「いや。会ったことはない。
私は、“お前が一度も出会わなかった未来の、お前の友だった存在”だ」
時が止まるような衝撃が、剛の胸を貫いた。
「選ばれなかった転生。選ばれなかった仲間。選ばれなかった正解。
そして――選ばれなかったお前自身」
男はゆっくりと歩み寄りながら言う。
「剛。お前が記録を再走したその瞬間、私たちは“存在しなかったこと”にされた。
私はその一部だけが残ってしまった、記録の“漏れ”だ」
ナナが小声で言う。
「……これは、“記録バグ”。
正式には《残余断片》と呼ばれる……」
そして、霧の中から“もうひとつの剛”が立ち上がる。
瞳のない、まるで鏡写しのようなその存在が、静かに言った。
「問いを持て、剛。
選ばれなかった私たちは、本当に“間違っていた”のか?」
剛は言葉を失う。
初めて自分が“奪ってきた未来”と向き合う瞬間だった。
──〔中編へつづく〕




