第五章「書き換えられた世界と、抗う者たち」 第4話「空白の旅と、歪んだ地図」 〔後編〕「記録の外に立つ者、世界に拒まれる者」
「来てくれたか、剛……!」
ロルフの声はかすれ、疲れ果てていた。
だが確かに、生きていた。
ティナの村を守るために死んだはずの彼が、今ここに、現実に存在している。
だがその背後から、忍び寄る黒い影。
地面からのそりと伸びた黒い腕が、ロルフの足元を掴もうとする。
「逃げろッ!」
剛は《存在証明》を即座に起動し、アウトレコードの動きを止めた。
瞬間、空気が弾けるような音とともに、空間にノイズが走る。
【記録抵触:ロルフ】
【存在の矛盾を検知】
【この存在は“歴史的矛盾”に該当します】
「……またかよ」
ナナが顔をしかめる。
「記録再走によって生まれた“過去からの幽霊”みたいな存在。
世界が、ロルフという人間の存在そのものを“矛盾”として排除しようとしてるのよ……」
ロルフは膝をつきながら叫んだ。
「俺は……確かに、あの村にいた! みんなと暮らしてた!
ティナを守って、あの夜に……でも、気づいたら、誰も俺を覚えていなかった!」
“救った過去”に閉じ込められ、
“改変された現在”から切り離された男。
世界から否定され続ける存在。
剛は前に出て、剣を構える。
「俺がここに連れてきたんだ。だから、俺が守る」
「剛、でも……このままだと、あなたも“記録外”に引きずられるかもしれない!」
ナナの叫びに、剛はうなずく。
「分かってる。でも、もう選んだから。
記録の都合より、“目の前の誰か”を選ぶって決めたんだ」
《記録再走》というスキルはもう存在しない。
だがその代わりに、剛は新たなスキルを得ていた。
【スキル発動:記録保護結界】
【一時的に存在を確定・保護します】
剛の身体から光が広がり、ロルフを包む。
アウトレコードの触手が結界に触れると、まるで“ルール違反”を咎められたかのように蒸発していく。
その光景に、ナナは呆然とつぶやいた。
「……剛、あなた、本当に……“記録の守護者”みたいになってきたね」
「そんなかっこいいもんじゃない。ただ、もう……後悔したくないだけさ」
結界の中、ロルフが涙を流した。
「ありがとう……。お前は、俺のこと……ちゃんと覚えていてくれたんだな……」
そして、結界が完全に発動すると同時に、村の空気が変わった。
閉ざされていた窓がひとつ、またひとつと開き始める。
村人たちが、少しずつ外へ出てくる。
「……あれ? ロルフさん?」「どうして……あなたの顔、見たことが……」
記憶が戻り始めている。
世界が、少しずつ“ロルフの存在”を許容し始めているのだ。
「記録ってのは、ただの文章じゃない。
“想い”があれば、それだって書き換えられるってことだよな」
剛はそう言って、空に浮かぶ“白い記録帳”の幻影を見上げた。
かつて神が与えたルールに、少しだけ人の意志が書き加えられた瞬間だった。
村に、静かな風が吹いた。
そして、ロルフは村人に囲まれながら、泣き笑いの顔で手を振った。
「……ありがとう、剛。お前のおかげで、俺はもう“消えない”」
剛は微笑み返した。
「まだ終わっちゃいないさ。今度は“壊れかけた未来”を、もう一度作り直す番だ」




