第五章「書き換えられた世界と、抗う者たち」 第4話「空白の旅と、歪んだ地図」 〔中編〕「消された存在と、語られない記憶」
小高い丘を越えたその先に、村は確かに存在していた。
草木に囲まれた谷間に、木造の家が十数軒。小さな畑と、家畜の囲い。
そして、中央には年季の入った教会らしき建物。
剛は言葉を失った。
――間違いない。ここは、かつて彼が《記録再走》で救った村だ。
「確かに、ある……けど」
ナナもまた、周囲を見渡しながら眉をひそめる。
「……なんだろう。村の気配が、すごく“静か”すぎる」
そう、村には人の姿がほとんどなかった。
農作業の音もせず、家々の窓はすべて閉じられ、まるで“人がいる気配だけが抹消された”かのようだ。
剛たちはゆっくりと歩き、教会の前でひとりの老婆に出会った。
白髪で背は低く、だが目に鋭さを宿した女性。
「……旅の方ですかね? こんな村に、何のご用でしょうか」
「ロルフって男を探してます。この村の門番だったはずです」
その瞬間、老婆の表情がほんのわずかに固まった。
だが、すぐに何事もなかったかのように言葉を返す。
「ロルフ……? そんな者はおりませんよ。
この村に門番なんて役職も、もともとありませんでしたから」
明らかな違和感。
この村が“記録再走で創られた現実”だということを、
彼女も、いや村全体が――まるで“知らされていない”かのようだった。
「……あの手紙を見せても?」
ナナがロルフからの羊皮紙を差し出す。
老婆はそれに一瞥をくれたあと、小さくため息を吐いた。
「……最近、村の外れで“おかしなこと”を言う青年を見た者がいるにはいます。
名前は分かりませんが、“過去を知りすぎている”と……一部の者たちは警戒しています」
それはつまり、“ロルフは存在する”ということだ。
だが、村の記録には彼の名も、役割も、住まいすら“残っていない”。
村人の記憶から削除された存在。
地図の中にしか記されていない場所。
剛は確信する。
これは、《記録再走》が引き起こした“ズレ”だ。
「この村は、本来存在しなかった。
でも、俺が“救った”ことで生まれた。
だから、この世界はこの村を“認めているようで認めてない”んだ……」
そのとき。
風が強くなり、木々がざわめいた。
村の奥、森の境界線に近い小屋の前に、誰かの影が立っていた。
――ロルフだ。
彼もまた、剛に気づいたように顔を上げた。
だがその顔には、疲れきった表情と、わずかな恐怖が刻まれていた。
「剛……! 来てくれたのか……!」
ロルフが駆け寄る。
だがその背後、森の奥から“黒い手”のようなものが地面を這い出してくる。
剛は反射的に叫ぶ。
「逃げろロルフ! アウトレコードが追ってきてる!」
《記録外存在》がまたひとつ、世界の矛盾を“是正する”ために、村に侵入していた。
──〔後編へつづく〕




