第五章「書き換えられた世界と、抗う者たち」 第1話「消された仲間と、記録の扉」 〔中編〕「記録の空白と、“なかった”存在」
記録の扉の向こう。
そこにあったのは、無限に積み上げられた“世界のログ”だった。
棚のように並ぶ水晶体、透明な球体のなかには、過去に存在した“すべての転生者”の記録が封じられている。
「まるで、図書館……でも、ただの記録じゃない。これは……存在の証そのものだ」
ノエルが呆然と呟いた。
ある球体には名前が刻まれ、詳細な時間軸がびっしりと浮かんでいる。
しかし、一部の球体には――
「……“名前が消されてる”?」
「ログから抹消された存在よ。もしくは、存在を“なかったことにされた”人たち」
そのときだった。
「こ、これ……ティナの?」
剛が見つけた球体をそっと持ち上げる。
そこには確かに、“ティナ・フィア・アークライト”と記されていた。
だが――タイムラインの途中が、バッサリと削除されていた。
「俺と出会った日から、その後の戦い、旅の記録まで……全部、空白だ」
「時間軸から“あなたが関与した記録”だけ、削られてる……!」
「まるで……“俺がティナの運命を変えたこと自体、なかったことにしようとしてる”みたいだな」
そして剛は――気づいてしまった。
ティナだけではなかった。
剛が、旅の途中で出会い、助け、戦ったはずの人々。
ユーリ。クレイ。ルナ。
そのいずれも、記録のタイムラインが“剛と関わる瞬間から”不自然に空白になっている。
「やっぱりそうだ……俺が抗うたびに、“俺と関わった誰か”の記録が……消されていってるんだ」
――まるで、世界が言っているようだった。
「抗うなら、一人で抗え」
「他人を巻き込むな」
「お前の選択で、他人の運命まで狂わせるな」
ノエルが、そっと剛の腕を掴む。
「でも……それでも、剛さんは誰かと繋がることを“選んだ”んでしょう?」
「……ああ」
そのとき、記録の塔の最奥から、重々しい声が響いた。
「ようやく来たか、“ログ改竄因子”よ」
剛とノエルが振り返ると、そこには、白銀の髪を持つ少女が立っていた。
瞳は深い紫。
手には小さな懐中時計のような装置。
その少女は、微笑みながら名乗った。
「私は“観測者ミラ”。あなたの記録干渉が、一定閾値を超えたため――
“構造安定”のために、排除命令を実行しに来ました」
「観測者……!」
「あなたがここで“存在修正”を受け入れれば、
仲間たちは“本来の時間軸”に戻ります。剛という例外因子は消去されるけど……皆、幸せに生きられる」
「ふざけるなよ。
“俺がいない方が幸せ”なんて――そんなの、“俺が選ぶ未来”じゃねぇ!」
ミラは表情を変えず、ただ右手を掲げた。
【起動スキル:記録修復・局所実行】
【ユーリ・ティナ・クレイ――“剛と出会っていない状態”へ巻き戻し開始】
「やめろっ……!」
剛が駆け出す。
だがその瞬間、空間がぐにゃりと歪み、彼の体が“記録の外”へと押し出されるように吹き飛ばされた。
世界の端で、ノエルの悲鳴が響く。
「剛さーーん!!」
──〔後編へつづく〕




