第四章「世界を知る者たち」 第4話「偽神の影と、選択する者」 〔中編〕「自由意志を証明せよ」
剛の拳が、風を裂く。
だが――その一撃は、アレイスには届かなかった。
風も、熱も、重力も、“彼の周囲”だけは違う法則で動いているかのようだった。
「スキル干渉領域、展開率96%……ほぼ完成領域か」
ノエルが焦りをにじませる声でつぶやいた。
アレイスのスキル【構造再演】は、あらゆるスキルの効果条件そのものを“再定義”するという、まさに“偽神”の名にふさわしいもの。
「この世界の物理も、魔法の前提も、こいつの手にかかればただの変数……!」
「お前の“火”は、私の定義では“冷気”となる。
お前の“攻撃”は、私にとって“無害な演算”だ」
アレイスの冷ややかな言葉とともに、剛の攻撃がねじれて消えた。
敵意も怒りもすべて、“システム的に無効化”されたかのように。
「まるで……こっちの人生が“エラー”だって言われてるみたいだな」
そう言って、剛はふっと笑う。
――ああ、思い出す。
“負け続けた記憶”。
“努力が無意味だった感覚”。
“何度死んでも、次の世界に投げ込まれた絶望”。
「でもな……お前には、わかんねぇんだろ?」
剛が静かに構えを取る。
「予定調和の中でしか動けねぇ奴に、“苦しみの中で掴んだ答え”はわかんねぇ」
そのとき、ノエルが叫んだ。
「剛さん! あなたのスキルログ、進化を始めています!!」
【スキル《融合変化》が“進化条件”を満たしました】
【新スキルを選択してください】
・進化①:《属性超変化》
・進化②:《意思反転》
・進化③:《適応削除》※リスク高
「……“選べ”ってのかよ。こんな状況で?」
「それが、あなたの“自由意志”です。
あなたの存在そのものが、今、世界の構造に問いを投げてるんです!」
剛は、一瞬、目を閉じた。
これまでの旅路。仲間との笑い。
転生のたびに忘れてしまった“ほんの一瞬の優しさ”。
それを、思い出していた。
「……だったら俺は……」
【進化スキル:《意思反転》選択】
【スキル効果:対象が“最も有利”と判断した結果を、強制的に“裏目”に変換する】
「“予定通り”の最適解? そりゃ都合がいいよな、神サマにとっては」
剛の瞳が燃える。
「でも俺は、“裏目”で勝つ!
何度も死んで、やっと手に入れた選択肢だ……なめんなよッ!!」
瞬間、アレイスが反応する前に、剛の攻撃が――
“定義を上回って”直撃した。
爆風と衝撃が広場を包み、
アレイスの無敵だったスキル構造が、初めて“崩れる音”を立てた。
「……この干渉……まさか、“再定義の否定”か……?」
アレイスの目に、初めて“興味”が灯る。
「選択、とは……それほどまでに、不確定か……。
では、その不確定性の先を、見せてもらおう。――“次の手”にて」
偽神が、初めて“構え”を取った。
神に似た者と、人が抗い得た意志。
その衝突は、ついに本格化しようとしていた。
──〔後編へ続く〕




