第四章「世界を知る者たち」 第3話「スキルマーケットと、禁じられた記憶」 〔後編〕「記録の扉、その向こうへ」
スキル商業都市フェイラン。
その地中深くに隠された“封印スキル保管庫”は、表の賑わいからは想像もつかないほど静かで冷たい空間だった。
「ここが……」
「地下六層、旧・転生理論研究棟の一部だ。今はすべて《閉鎖済み》。だが、“データ”だけは動いてる」
ロウの案内で進んだ先には、巨大な黒い扉があった。
扉には「記録境界処理区画」と刻まれている。
「ここに、あるのか。……俺の“元データ”」
「そうだ。お前が最初に付与されたスキル。お前が一度だけ自我を喪失した記録。
──そして、“お前を転生させ続ける存在の名”も」
剛は一度、深く息を吸い込み──手をかざした。
扉が、静かに、開いた。
◆ ◆ ◆
そこは白い空間だった。
記録保管庫といっても、膨大な魔導式のクリスタルが浮かび、そのひとつひとつが“転生の記憶”を封じていた。
「剛さん……大丈夫ですか?」
ノエルとクレイ、ユーリも後を追っていた。
剛はうなずきながら、ゆっくりと中央の《中枢記録柱》に手を触れた。
――転生個体:N-00000001-β
――起源スキル:適応型複製核
「“コア・オーバーレプリカ”……?」
ノエルが息を呑んだ。
「それは……“神の模倣”。
本来、存在しないはずの“万能適応存在”を、人工的に造ろうとした……禁忌中の禁忌です」
「おいおい、それってつまり……剛、アンタって……」
「“人工的に作られた、神の代用品”。つまり、実験体だったってことか」
その瞬間、空間が震えた。
剛の前に、一人の女が現れる。白衣をまとい、髪を三つ編みにした、理知的な顔立ちの女。
「……ようやく、来たのね。“被験体No.1-β”くん」
「誰だ……」
「私は《ミリア・アヴァロン》。あなたを設計した主任研究者。
言うなれば、“あなたの創造主”よ」
剛の拳が自然と震えた。
「……俺を……殺して……何度も作り直して……。
あんたらの都合で、俺の人生はずっと、“再起動ボタン”押されてたのかよ……!」
「ええ、そうよ。あなたの死も、成長も、失敗も。
でも誤解しないで。“あれは必要な犠牲だった”」
その冷たい声に、剛の怒りが爆発する。
「……ふざけるな!!」
放たれた拳は、《融合変化》によって全属性を帯びていた。
だが――ミリアは、その攻撃を「指一本」で止めた。
「……っ!?」
「あなたは確かに進化した。でも、私が想定した“限界”をまだ超えていない」
「まだ……足りないってのか……!」
「だが、私はもうあなたを制御しない。
なぜなら……あなたは“設計を超えた存在”になりつつあるから」
その言葉に、剛は一瞬だけ動きを止めた。
「……どういう意味だよ」
「あなたはもう、“誰かのために設計された存在”ではない。
“自分で意味を選べる存在”になりつつある。……そのときこそ、“神の模倣”は、“ただの人間”になる」
「…………」
「それを私は、見届けに来ただけよ。せいぜい苦しみなさい。
そうして、私の想定を“全て壊して”くれることを願ってる」
ミリアの姿が、ゆっくりと光に溶けていった。
残された剛は、しばらく立ち尽くしていた。
「剛……さん」
「……やっと、はっきりわかった。
俺は、誰かの“理想”のために生まれた。だけど……」
剛は振り返り、仲間たちを見る。
「これからは、自分の“選択”で生きる。例えそれが、間違いでも、遠回りでも……俺が俺であるって、証明してやる」
その決意が、記録の柱を通じて《Nexus Core》に刻まれていく。
【記録更新:転生個体 No.1-β】
【制御外進化モード:確定】
【新称号:《自己選択者》】
そして剛の背中には、微かに新たなスキルの兆しが宿っていた。
それは――「選び、歩む力」だった。




