第三章「仲間と絆」 第4話「酒場騒動と、笑わない剣士」 〔後編〕「旅団の椅子と、笑顔の予感」
夜の酒場は、騒がしくも温かかった。
あれだけ「恐ろしい」と噂されていたクレイのまわりに、気づけば人が集まっていた。
酒をすすめる者。拍手する者。剣の腕をほめる者──
「……こんな夜が、まだあるとはな」
クレイはぽつりとつぶやき、静かにグラスを傾けた。
それは、感情を隠した仕草ではなかった。
ほんの、少しだけ満たされた、余韻のようなもの。
「さて……お前、どうするよ」
剛が空になったジョッキを置きながら、斜めにクレイを見た。
「旅団、“すべらない旅団”──一応、俺たちなりに真面目にやっててさ。戦うことがすべてじゃない。……仲間と生きる、ってのも、悪くないぜ」
「……俺は、壊れている。仲間を失った記憶が、心の奥にまだ刺さってる。……そんな俺が、また人と組んでいいのか、わからない」
「そんなん、やってから悩めよ」
「……」
「一歩だけ踏み出せば、たいていのことは“ごまかせる”んだぜ?」
「妙な説得力だな」
「転生100回してるんでな」
「……ふっ」
そのとき──
「クレイさーん!!」
酒場の奥から、メルとユーリがどたばたと駆け寄ってきた。
「聞きました! かっこよかったです! 剣を抜かずに戦うなんて、まさに“真の騎士”じゃないですか!」
「……どうやら、伝説が一人歩きしてるようだな」
「すべらない旅団、仲間募集中です!」
「勧誘早すぎだろお前ら」
クレイはほんの一瞬、考え込むように視線を落とした。
そして、静かに立ち上がった。
「……なら、その椅子。俺の分も空けておいてくれるか?」
剛が、にやりと笑う。
「ああ。“笑わない剣士”用の、特等席をな」
「……もう、そうは呼ばせん」
その言葉は、かすかに、ほんの少しだけ笑っていた。
誰もがそれを見逃さなかった。
◆ ◆ ◆
翌日。
ギルドに新しい張り紙が出された。
《すべらない旅団、現在メンバー4名──剛・メル・ユーリ・クレイ。特技:すべり芸、薬草鑑定、冷徹魔術、無刀流剣術(!)》
ついでに「※ライルは見習い中」と追記されていた。
「俺たち……ちゃんと旅団になってきてるな」
「でも、まだまだこれからですよ! 目指せSランク! そして世界の平和!」
「そのテンション、どこから来るの……」
新たな仲間、新たな朝。
旅団はまた歩き出す。
笑わない剣士が、小さく微笑みを浮かべながら──
──第4話「酒場騒動と、笑わない剣士」完──




