第三章「仲間と絆」 第4話「酒場騒動と、笑わない剣士」 〔中編〕「静かなる夜、静かなる剣」
「……で、俺も実は、何度も転生しててさ。しかも死ぬたびに、なんか変な“耐性”ばっかついていくんだよな」
「“笑われ耐性+3”とか、“すべり芸耐性+5”とか──ぶっちゃけ俺、勇者よりそっちのほうが極まってる」
剛がそう言って笑うと、酒場の片隅で静かにグラスを傾けていた男──クレイは、わずかに唇を動かした。
「……くだらない」
「お、笑った? 今のちょっと笑ったよな? いや、皮膚が揺れた気がしたんだけど」
「気のせいだ」
ぎこちなくも、確かにそこには“会話”が生まれていた。
酒場の客たちも、最初は遠巻きに見ていたが、二人の様子にどこか安心したのか、やがてそれぞれの話に戻っていった。
そして、少し時間が経った頃。
クレイがぽつりとつぶやいた。
「……かつて、王国の騎士だった。だが、護るはずの町を──俺は、救えなかった」
「……」
「火竜の襲撃。俺が“迷い”さえしなければ、仲間も、民も、死なずにすんだ……」
「お前のせいじゃないだろ」
「いや──“剣を抜けなかった”のは、俺の手だ。震えていた。……だから、俺は自分に絶望した」
剛は、その言葉に返す言葉を見つけられなかった。
けれど──
「……お前さ、“笑わない剣士”とか言われてるけど、ほんとは、“笑えなくなった剣士”なんじゃないか?」
「……!」
「だったら、俺たちと一緒に旅してみないか。ギルドの小さな依頼でも、人助けできることってあるんだぜ?」
「……俺は……剣をもう、振るいたくない」
「振るわなくてもいいさ。黙って隣にいてくれりゃ、それで勇気になることもある。少なくとも俺には」
そのときだった──
「うおおおぉぉぉおおお!!」
酒場の入り口が派手に開き、酔っ払いの大男が3人、どたばたと転がり込んできた。
「へっへへ……あの剣士がまだいるって聞いたぜぇ! こっちは3人だぞ! どうする、無言野郎!」
「……最悪のタイミングで来たな」
剛が苦笑いする。
クレイは、静かにグラスを置いた。
「俺に剣を抜かせたいのか……?」
「お? やる気かあ?」
剛が立ち上がろうとしたその時──
すっと、細く鋭い風が走った。
「ひっ!?」
次の瞬間、大男たちの腰に提げた剣の鞘が、全て真っ二つに斬り裂かれていた。
「……!? 今の……目にも止まらなかった……」
驚愕する剛。
クレイは、席を立つこともなく、静かに告げた。
「“抜かずに斬る”──これが、俺の“新しい剣”だ。恐れる者を増やすためじゃない。誰も傷つけないための剣」
大男たちは、音もなく後退りし、店を飛び出していった。
酒場は、しんと静まり返っていた。
そして……拍手が起きた。
店主ロダンが、大きく手を叩いて叫んだ。
「見たかみんな! あれが“本物の剣士”だ!!」
「クレイさーん! 今の最高!」
「一杯奢るぞ!」
気づけば、クレイの周囲には、どこかあたたかな空気が流れていた。
剛は、その光景を見て小さく笑う。
「お前、たぶんもう、“笑わない剣士”じゃないぜ」
──〔後編につづく〕




