第三章「仲間と絆」 第4話「酒場騒動と、笑わない剣士」 〔前編〕「依頼は“酔っ払いの説得”?」
「……これ、マジで俺たちがやるやつ?」
剛はギルドの受付カウンター前で、依頼書をまじまじと見つめながら、心底不安そうに眉をひそめた。
「正式な依頼です。“酒場で暴れる常連客を、話し合いで追い出してほしい”。ほら、説得系依頼ってのも、立派な冒険者の仕事ですよ?」
リサの爽やかな笑顔に、剛はぐぬぬと唸る。
「……俺、“説得”より“説教される”側の人生が長かったんだけどなあ……」
「だからこそ、今が成長のチャンスなんです!」
「なんか最近お前、妙にポジティブだよな……?」
剛のぼやきに、メルは元気よく笑った。
「ライルくんも頑張ってるし、私たちも負けてられません!」
依頼の対象は、町の中心にある酒場《オークの耳》。
夕暮れになると、冒険者と労働者が入り交じる混沌とした店になる。
依頼主は店主のロダン。筋骨隆々のドワーフで、普段は陽気な性格だが──
「もう限界なんだよ! “あいつ”が来ると他の客がみんな帰っちまう!」
「“あいつ”って……何したんですか?」
「暴れてはない。ただな、ずっと黙って酒を飲んで、周りをジーッと見てるだけだ。しかも、目が怖い!」
「それ、ただの“人見知り剣士”じゃないですか?」
「いや違う! 笑わないし返事しないし、圧がすごいし、なにより──“剣を抜いたら黙る”って噂まで立ってる!」
「いやそれ完全に誤解じゃん!!」
その“噂の人物”は、今まさにカウンター席に座っていた。
長い黒髪。銀の留め具。無表情のままグラスを傾ける青年。
腰には精巧な剣。まるで抜刀術の達人のような気配を纏っている。
「……あの人、ですね。無言……無表情……」
「近寄っただけで、圧がすごい……」
「……でも、怖くない」
そう言ったのは、意外にもユーリだった。
「……あの人、“壊れた心”の匂いがする。少しだけ、私と似てる」
剛は大きく息を吸い、そして一歩を踏み出した。
「よし、行ってくる。説得じゃなくて、まずは……話すだけだ」
カウンター席。無言の青年の隣に、そっと腰を下ろす剛。
「……こんばんは。飲んでますか?」
「……ああ」
返事はあった。低く、淡々とした声。
だがそれだけで、周囲の酒場客が一斉に沈黙する。
「俺、ギルドの者でさ。ちょっと、あんたに話があって──」
「……出ていけ、という依頼か?」
「……正直、そうなんだけどさ」
青年はゆっくりグラスを置き、こちらを見た。
鋭い目。けれど、その奥に、かすかに“虚無”があった。
「……俺の名は“クレイ”。かつて、王国騎士団にいた。……だが、もう抜く剣も、護る者も、無い」
その言葉に、剛ははっとした。
どこか、自分と同じ“欠落の匂い”がした。
「……よかったらさ、一緒に飲まない? 俺、うまく話せないけど、うまく……黙ってられるタイプだから」
次の瞬間、クレイの目がわずかに揺れた。
ほんの、ほんのわずかに。
そして──グラスがもう一つ、剛の前に置かれた。
「……一杯だけだ」
「やった!」
──〔中編につづく〕




