第三章「仲間と絆」 第3話「薬草泥棒と、涙の理由」 〔中編〕「樹上の盗人と、病室の弟」
それは、見上げた先にあった。
高くそびえる一本の樫の木──その太い幹の中腹、枝に座り込んでいる人影があった。
薄汚れた上着、泥まみれのズボン。くすんだ銀髪。痩せた体躯。
「……子ども、だよな……?」
「……あれだけの身のこなし。まさか、本当に」
メルがそっと口を開く。
「……ねえ、あなた。ミゼリ草を盗んだの、あなた?」
返事はない。
少年は、枝の上からじっとこちらを見つめていた。警戒の色を濃くして。
「私たち、怒ってないよ。ただ、理由を知りたいだけ」
そう言って、メルがそっと自分の剣を地面に置いた。
その仕草を見て、少年の表情がわずかに緩む。
それでも、声はかすれていた。
「……オレの弟が、熱で倒れてる。薬が、手に入らなかった」
「……!」
「ミゼリ草が……効くって聞いて、盗みに入った。何度も、ごめん。でも、オレにはそれしか──」
そこで、声が震えた。
次の瞬間、少年は枝の上から飛び降りた。身軽な動きで、地面に静かに着地する。
すぐさま構えるユーリ。だが、剛が手で制する。
「違う。あいつ、逃げる気じゃない。……諦めてる顔だ」
少年の目には、覚悟があった。怒られることも、捕まることも、全部。
「おまえ、名前は?」
「……ライル。七つ」
「弟の名前は?」
「レーン。五つ。……昨日から、ずっと高熱が続いてる。町の薬屋も……もう、薬がないって……」
ライルの手が、小さく握りしめられていた。
「だから……だから、オレが何とかしなきゃって……っ」
少年の声が詰まり、肩が震える。
その姿を見て、メルが駆け寄り、そっと抱きしめた。
「……わかるよ、ライルくん。大切な人を助けたい気持ち、痛いほどわかる」
「……」
「でも、ひとりで全部抱えなくていい。今は──私たちがいるから」
しばしの沈黙のあと、ライルがぽつりとつぶやく。
「……怖かった。弟がいなくなったら、オレ、世界からいなくなるみたいで」
その言葉に、剛の胸が痛んだ。
かつて、自分も“失うことの恐怖”に押しつぶされたことがあった。
誰にも頼れず、ただ転生を繰り返し、命だけを抱えて逃げていた。
けれど──
「なあ、ライル」
「……?」
「お前はすげぇよ。七歳で弟のために盗みに入って、危険を冒して、薬草を持って帰ろうとした」
「でも……盗んだんだ、オレは……!」
「なら、俺たちが“正規ルート”で手に入れてやる。今度は俺たちが、弟を助ける番だ」
ライルが、ぽかんと口を開けた。
そして──小さく、泣いた。
ぼろぼろと、声を立てずに涙をこぼしながら。
「……ありがとう。……ありがとう……!」
◆ ◆ ◆
日が傾き始める頃。
一行は、町の端にある古びた小屋へと向かった。
ライルが案内した先には、薄い布団にくるまれて眠る小さな少年──レーンの姿があった。
頬は赤く、額には汗。呼吸も浅く、弱々しい。
「熱、ひどいな……間に合ってくれよ……」
「剛さん、薬草を!」
「ああ。ユーリ、火を頼む!」
「……了解。煮沸、開始。やや焦げても我慢」
「焦げるな!」
こうして、即席の“薬草スープ”が完成した。
慎重に、スプーンでレーンの口に運ぶメル。
そのたびに、彼の喉がわずかに動き、しばらくして──呼吸が、すぅ、と深くなった。
「……効いてきた……!」
「間に合ったな……!」
その瞬間。
ライルが膝から崩れ落ちて、声をあげて泣いた。
子どもらしい、わがままで素直な、安堵の泣き声だった。
──〔後編へつづく〕




