第三章「仲間と絆」 第3話「薬草泥棒と、涙の理由」 〔前編〕「盗人は、小さな背中だった」
オルガ支部の朝は早い。
まだ朝靄が町を包んでいる中、ギルドの掲示板に新しい依頼が貼り出された。
“薬草畑の盗難事件”。被害は3回目。犯人不明。
「なんか、また地味なの来たな……」
剛は掲示板を見上げて、あいかわらずの気の抜けた声を上げた。
その隣でメルは真剣な顔で依頼文を読み込んでいる。
「でも、これって放っておけませんよ。“ミゼリ草”って、貧しい村の人たちの命綱なんです」
ミゼリ草──高熱や毒素の解毒に使われる、貴重な薬草。
市場に出回ると高値になるが、ここでは村人たちが自給用に細々と育てていた。
「なるほどな。薬草泥棒……それも、かなり慎重なやつか」
「畑の人が言うには、足跡も残らず、盗まれたのは“夜明け直前”。しかも、収穫時期を的確に狙ってるって」
「うーん、それ、普通にプロの仕業じゃないか?」
「でも……なんか引っかかるんですよね。こんな山奥の薬草、わざわざ盗みに来るような人って……」
◆ ◆ ◆
その日の午後。
剛たちは依頼を受け、町はずれの薬草畑へと足を運んでいた。
畑の管理人は年配の女性・マリナ。日焼けした顔には深いしわが刻まれているが、眼光は鋭い。
「何度もやられてのう……まるで忍び込む猫のようじゃ。まるで気配を感じんのじゃよ」
「泥棒猫……ってことは、また猫関係か?」
「いや、今度は違いますって」
畑には、ところどころ土が崩され、植物の一部が刈られたような痕があった。
しかも、よく見れば──
「……なんだ、これ。小さな手形?」
剛が気づいた。
地面に、泥だらけの小さな手の跡が残っていた。
「子ども……? まさか、犯人って……」
「足跡がないのは、もしかして──“這って”来たからじゃないですか?」
「なるほど、重ねてついた手形で足跡が埋もれてるってことか」
「でも、なんで子どもが? 薬草なんて高値で売れるって知ってるような……」
そのときだった。
ガサ……ッ。
畑の向こう側、林の入口。
ほんの一瞬、揺れた茂みの中に、“小さな影”が見えた。
「……いた!」
「待てメル、突っ込むな!」
「ミロのときと同じパターンです!」
「だからやめろってその死亡フラグ的入り方!!」
メルが駆ける。剛もユーリもすぐに追う。
草をかき分けて林の中へ──
だが、すぐに見失ってしまった。
「逃げ足、速すぎ……子どもとは思えない……」
「……いえ。あの身のこなし、ただ者じゃない。訓練されてる。もしかして……孤児?」
ユーリがぼそりとつぶやく。
そして、剛は茂みに落ちていた“ひとつの布袋”を拾った。
中には、小さく乾いたミゼリ草の束が数本と──
わらで編まれた、小さな人形。
「これ……お守りか?」
どこか、胸がざわつく。
ただの盗人じゃない。
この事件の裏には、何か“必死な理由”がある。
「剛さん……私、あの子を探したい。薬草のことも大事だけど──あの子が、泣いてる気がする」
「……ああ。行こう。追いかけるだけじゃなく、話をしに行こうぜ」
──〔中編へつづく〕




