第三章「仲間と絆」 第2話「はじめてのパーティ」 〔中編〕「猫捜索と、無口な魔導師」
「それで……この猫を探せと?」
依頼書には、可愛らしいイラストが描かれていた。
猫の名前は《ミロ》。白い毛並みに黒いシマ模様、首には鈴付きの赤い首輪。
依頼主は、町の南に住む少女“ノエル”ちゃん。
「迷子猫って、どう考えても初仕事向けだろ……」
「剛さん、そう言いつつやる気満々じゃないですか。さっきから猫じゃらし握ってますし」
「……それは否定しない」
二人は町の裏手にある林に入った。
ノエルちゃんの話によれば、ミロはよくこの辺で遊んでいたという。
「ミーローちゃーん! 魚持ってきたよー!」
「おいおい、本当に猫に通じんのかそれ……」
──にゃ。
微かに、鳴き声が聞こえた。
「……いた!」
木陰の先、石垣の上。首をかしげるように振り返る一匹の白猫。
赤い首輪。間違いない、ミロだ。
が──
「おい、あれ後ろ!」
「え──あっ!? あの猫、何かに追われてる……?」
現れたのは、小型の魔獣。
ぬらりとした黒い体、複数の目、まるで“影そのもの”がにじり寄ってくるような不気味さ。
「シルエットハウンド……!? この辺じゃ見かけないはずなのにっ!」
魔獣はミロを狙っている。逃げる猫。追う影。
「……あーもうっ!! あいつ、また“死因スカウター”になってるし!!」
「ちょ、待てお前どう見てもそれ初見殺し系の敵──」
剛が止める間もなく、メルが飛び出す。
「ミロ、逃げて!」
剣を抜き、メルは間に割って入った。
しかし、影の牙が彼女に向けて跳ねた瞬間──
ズドォン!!!
――爆発。
「……っ、え、なに今の?」
剛が目を開けると、魔獣の足元が燃えていた。紫の炎が音もなく地面を這い、シルエットハウンドの脚を包んでいく。
「おいおいおい、どこから火炎魔法飛んできた……?」
「……後ろ、です」
剛たちの背後、草木の間から一人の少女が現れた。
黒ずくめのローブ。フードの奥で光る蒼い瞳。
手にしているのは杖ではなく、古びた魔導書。
──ただ、表情が、ない。
というより、**「感情を落としたような声」**でぽつりとつぶやいた。
「……燃えましたね。猫は無事。良かった」
「だ、誰!?」
「……このギルドの……清掃係。たまに、戦闘もします」
妙に抑揚のない声。どこかで見たような顔。
「名前は?」
「……“ユーリ”。スキルは……“魔力過剰放出体質”」
「……それ、スキルなのか?」
「……不便です。でも、強いです。火、よく燃えます」
その直後、焼け跡に残った影の魔獣が“霧”になって消えた。
ミロはメルの腕に飛び込み、ニャーと甘える。
「助かった……本当に、ありがとう!」
「……べつに。猫、好きなので」
そのままくるりと背を向け、去ろうとするユーリ。
「ちょ、ちょっと待って! 一緒に来ようよ!」
「……え?」
メルが手を伸ばす。
「一緒に旅しよう? ギルドに登録してるなら、同じ仲間として!」
「……でも、私、無口だし、すぐ爆発しますよ?」
「剛さんも、滑るしすぐ死にますよ?」
「おい」
一瞬だけ、ユーリの目が細められた。
それは──初めて見せた、笑みに近い何かだった。
「……じゃあ、ついていきます」
こうして、“すべらない旅団”に新たな仲間が加わった。
無表情魔導師ユーリ──その存在が、のちの伝説になることを、まだ誰も知らなかった。
──〔後編へ続く〕




