第三章「仲間と絆」 第1話「ティナと鍛冶屋の剣」 〔後編〕「火に宿ったもの」
夜が明けた。
朝霧の中に、鍛冶場から立ち上る白い煙が見えた。
剛とメルは、早朝から鍛冶屋の前で静かに待っていた。
剛は相変わらず眠そうな顔であくびをしていたが、メルは緊張に爪を噛みそうな勢いだった。
そして、扉が音を立てて開いた。
「──おまたせ」
現れたのは、すっかり目の下にクマを作ったティナ。
だが、その目は燃えていた。まるで一晩中、火を見つめていたかのように。
「打てたのか……?」
「いや、“打てた”というより、“やっと打たせてもらえた”って感じかな」
彼女は布に包まれた一本の剣を、そっとメルへと差し出す。
「受け取りな。これが──“お前の想い”だ」
布をほどくと、そこには見違えるほど綺麗に仕上げられた剣があった。
シンプルな造りだが、刃には青銀色の光沢が走り、鍔にはさりげなく“羽根”の模様が彫られている。
それは、メルがかつて“空のように自由な剣士になりたい”と語っていた、あの夢を象徴していた。
「……これ……これ、私の……」
「剣の芯に、ずっと残ってたんだ。あんたの“最初の気持ち”が。訓練で初めて立てた日、友達と笑った日、叱られて泣いた日──全部がな」
ティナの声は、どこか震えていた。
「それを感じた時、あたしの手も、ようやく“心を打てた”んだ」
「……ティナさん……」
メルは剣を両手で抱きしめた。
涙がぽろぽろと零れた。うれしくて、なつかしくて、あたたかくて。
「ありがとうございます……! 一生、大事にします……!」
「うん。壊れたらまた持ってきな。今度はもっといいの、打ってやるから」
ティナが笑った。あどけない少女のような笑顔だった。
◆ ◆ ◆
その日。剛とメルは、ティナと別れて再び旅に出ることになった。
「ま、暇があったらまた来いよ。いつでも剣ぐらい叩いてやる」
「はいっ! 今度はお土産持ってきますね!」
「……おいティナ、俺にも何かあるのか?」
「ん? おっさんにはこれ」
そう言って、ティナが投げたのは──
「……“転倒記録帳”?」
「昨日一晩、近所の子どもたちに“転倒実演講座”開いてただろ。記念にプレゼントしてきたわ」
「おい誰が“滑りの伝道師”だ!!」
そんな騒がしい別れを経て、再び森へと続く道を進むふたり。
その背中を、ティナは鍛冶場の屋根から見送っていた。
「……ありがとう。あんたらのおかげで、また火を信じられた」
そう呟くティナの目に、ほんの一瞬、涙がにじんだ。
◆ ◆ ◆
森の中。
メルが新しい剣を握りしめながら、振り返る。
「剛さん。私、またひとつ夢に近づけた気がします」
「そうか。よかったな」
「剛さんは……何か、夢ありますか?」
「……」
剛は少しだけ考えて、ぼそりと言った。
「“死なずに、明日を迎えること”。それだけだよ」
「……それって、すごく大事な夢ですね」
メルがにこりと笑う。
剛は照れくさそうに鼻をかいてから、前を向いた。
「さて、じゃあその夢、叶えに行くか。まずは無事に昼飯にありつくことからだな」
「了解です、先生!」
「やめろ! “滑りの剣士先生”とか呼ばれたくねぇ!」
二人の笑い声が、森に溶けていった。
──第1話「ティナと鍛冶屋の剣」完──




