第三章「仲間と絆」 第1話「ティナと鍛冶屋の剣」 〔中編〕「折れた剣と、打てない理由」
鍛冶場の火が、再び静かに燃えていた。
剛とメルは、修理依頼のために鍛冶屋・ティナの作業場に腰を落ち着けていた。
メルは、剣を差し出した。
旅の途中で何度も戦ったその剣には、小さなヒビがいくつも走っていた。
「お願いします。これは……私が騎士団を出るときに、自分の力で買った剣なんです」
「ふうん……見るからに安物だけど、大事にしてたんだね」
ティナは剣を手に取り、金槌の背でコンコンと叩き、重さを測るように持ち上げた。
そして、ふっと眉をひそめる。
「これ、修理じゃなくて“打ち直し”だね。ヒビが根元にまで入ってる。修理しても次の戦闘で折れるよ」
「そ、そんな……!」
「でも、素材はそこそこいい。ちゃんと“気持ち”が入ってる剣だ。……だからこそ、軽々しく手は出せない」
ティナの目が、わずかに伏せられる。
「……すぐには無理。あたし、今“打てない”んだ」
「え?」
メルが驚いて聞き返す。
「いや、さっき火花吹きまくって豪快に打ってたじゃねぇか」
剛のツッコミにも、ティナは曖昧な笑みを浮かべた。
「……叩くことはできる。でも、“想いを込める”のが、今のあたしにはできないんだよ」
メルと剛は、顔を見合わせる。
「なあ、それってどういう……」
「うちの鍛冶屋、ただ鉄を打つだけの店じゃない。“魂を込める”技術を受け継いでる。いわば《心打式》ってやつ」
「心……?」
「持ち主の願いや、過去や、覚悟……そういうのを鍛冶師が“共鳴”して、それを刃に昇華するの。だからあたしは、ただの鍛冶師じゃない。……でもね」
ティナは寂しそうに笑った。
「ある日、鍛冶場の火が、一瞬だけ消えた。それ以来、どれだけ叩いても“共鳴”できなくなった」
「……それって、まさか」
「“自分の心が、刃に乗らない”ってことだよ。今のあたしは、剣に魂を込められない」
沈黙が落ちた。
メルは、ヒビの入った剣を見つめている。
「でも……それでもお願いしたいです」
「メル……?」
「剛さんも言ってました。強さってのは、肩書きや数字じゃなくて、自分の足で立ち上がることだって。だったら、私はこの剣で、また立ちたい」
ぎゅっと両手で剣を抱きしめて、メルはティナを見る。
「たとえ、魂が込もらなくても。あたしの想いは、この剣に残ってる。だから……お願い、打ってください。あたしの“想い出”のために」
ティナの目が、静かに揺れた。
「……あんた、いい顔するじゃん」
そう言って、彼女は剣を抱えて奥の作業台へ向かう。
「一晩、もらうよ。明日の朝までには、“あんたの想い”をかたちにしてみせる。……魂が込もるかは、わからないけど」
「ありがとうございますっ……!」
その夜、火は一度も絶えなかった。
そして剛は、作業の音を聞きながら、どこか少しだけ、かつての世界を思い出していた。
“何者にもなれずに死んだ、百回の人生”。
でも今は──
「……なんか、誰かの役に立ってる気がするな。俺」
ぽつりと漏らしたその言葉は、鍛冶場の鉄音にかき消されていった。
──〔後編へ続く〕




