第二章 第5話:「歩き出す、その一歩だけで」 〔後編〕「勇者じゃない。けど、前に進みたい」
盗賊団を撃退し、息を切らしながら山道を引き返す剛とメル。
二人の背中に、どこか“誇らしさ”のようなものが漂っていた。
泥だらけ。ボロボロ。
でも、どちらも今までの旅にはなかった“何か”を得た顔をしている。
「……なあ、メル」
「はい?」
「お前、その……一人で旅してる理由って、ちゃんとあるんだろ?」
「……え?」
メルの足が、ぴたりと止まる。
「最初に会った時から気づいてた。あんなとこに木に挟まる奴が、偶然いるはずがねぇ。何かから逃げてるんだろ?」
「…………」
しばらくの沈黙の後、メルはぽつりと答えた。
「……王都の騎士団で、勝手に命令違反したんです。村人を助けようとして。結果的にそれが上の怒りを買って、処分待ちで逃げてて」
「……なるほどな」
「だから……いまは“正式な騎士”じゃない。むしろ、逃亡中の身です」
言い終えると、メルは顔を伏せた。
でも剛は、笑った。
「なら、いいじゃねぇか」
「……え?」
「俺も“正式な勇者”じゃねぇ。“ただの転生おっさん”だ。でもよ、お互い立場も肩書きもどうでもいいじゃんか。やりたいことやって、守りたいもん守ってさ」
「……」
「……それだけで、十分じゃねぇの?」
その言葉に、メルの瞳がほんの少し潤む。
「……ずるいです、剛さん。そんなこと言われたら、また一緒にいたくなるじゃないですか……」
「いや、ずっと一緒でもいいだろ。そもそも俺が放っておける性格なら、101回も死んでないからな」
「ははっ、確かに……!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
その笑顔には、もう“師弟”とか“助けた/助けられた”という境界はなかった。
──“仲間”。
それが、この旅の新しい関係だった。
◆ ◆ ◆
数日後、戻ってきた町。
人々は歓声を上げて迎えた。
「おかえりなさい、転生勇者さまー!」
「村を狙う盗賊団を撃退されたと聞きましたぞ!」
「やはり伝説は本物だったぁぁぁ!!」
「いや俺、泥投げてただけなんだけど!?」
「剛さまに新たな称号を! “滑撃の賢者”はどうでしょう!?」
「どこから滑撃って単語出てきた!?」
笑いと混乱の中、それでも人々の顔は明るく、街には安心が広がっていた。
剛の“滑りスキル”によって、村に平穏が戻ったのは確かだった。
◆ ◆ ◆
その夜、宿屋の屋根の上。
星を見上げながら、剛は一人語る。
「……101回目の転生か。長かったなぁ……」
でも今は、何となく“歩き出せる気がする”。
もう、勝手に英雄扱いされてもいい。
もう、死にスキルばかりでもいい。
この道を、“自分の意思で歩く”なら──
「さて、明日はどこ行くかね、弟子?」
後ろから、メルがにこっと笑って現れる。
「そうですね、“勇者らしくない旅”を続けましょうか」
「だから勇者じゃねぇって!」
そうして、二人の旅はまた始まった。
──笑いながら、時に転びながら。
──第二章 第5話・完──




