第二章 第5話:「歩き出す、その一歩だけで」 〔中編〕「死にスキルで、まさかの反撃」
盗賊団の男たちが一斉に剛へ襲いかかる。
普通なら、何の武器も持たない中年男が取る行動はただ一つ──逃げる、だ。
──だが。
「おっさん、なんだその余裕……!」
「なめやがってぇぇッ!」
刃が剛の胸元に迫った、瞬間。
「──滑れ」
剛が足をぐっと踏み込む。
その一歩が、地面の“濡れ落ち葉”を綺麗に巻き上げ──
敵の足元を“勝手に”滑らせた。
「うおっ!? ぬるっ!? うわああああ!!」
「な、なんだこの足場!? ぐはっ!?」
バタバタと転げ落ちる盗賊たち。
彼らが立っていた場所こそ、剛がかつて“滑って死んだ場所”と酷似した地形。
転倒耐性+7を持つ剛だけが、滑らずに立てる“天然の滑り罠”だった。
「俺の人生、無駄じゃなかったな……!」
さらに、剛は敵の背後に素早く回り込み──
「“タイミングを外されたパンチ+泥跳ね+足元乱し”!」
見よう見まねで覚えた、自己流カウンター。
“攻撃スキルゼロ”の剛が、倒れた相手の顔に泥を叩きつけた。
「ぐはっ!? な、なんだ今の攻撃!? 目がああああ!」
「くっそぉ! おっさんのくせに、地味にウザいっ!」
剛は敵にとって“ダメージを受けるには弱すぎる”、でも“無視できない嫌らしさ”を体現していた。
「メル! 今だ、追撃!」
「りょ、了解っ!!」
剣を抜いたメルが、剛の動きに合わせて前に出る。
彼女の一撃は正確だった。盗賊の肩口を打ち抜き、吹き飛ばす。
「この……見習いのくせにぃっ!」
「見習いでも、負けません!」
一人、また一人と盗賊が倒れ──
やがて、残された者たちは互いに目を合わせ、逃げることを選んだ。
「お、おい、やべぇよあのおっさん!」
「“ぬるぬる滑る地獄の導師”とか呼ばれてたやつかもしれん!」
「誰だよそんなあだ名付けたのぉぉぉ!!?」
全速力で逃げ去る盗賊団の背中を見送って、剛とメルは同時にどっと座り込んだ。
「……終わった……」
「た、助かったぁ……」
二人して肩で息をしながら、見つめ合う。
その目には、明らかな“信頼”が生まれていた。
「剛さん……すごいです」
「いや俺、自分の足元にだけ異様に詳しいだけだぞ?」
「それが……すごいんですってば!」
メルはにこっと笑って、ぽつりとつぶやいた。
「私……騎士になりたくて、ずっと一人で頑張ってきたけど、今日みたいに“誰かと一緒に”って、初めてかもしれません」
「……」
「転生とか、スキルとか、強いとか弱いとか、関係なく……。今日みたいに並んで戦えるのって、すごく……いいなって」
剛はその言葉に、一瞬だけ言葉を失った。
だがすぐに、ニヤリと口元をゆがめて言う。
「ま、俺はもう戦いたくねぇけどな。できれば農作業がいい」
「うっ……ですよねぇ……」
そうして、二人はまた立ち上がった。
──次はどこに行こうか。
そんなことを話しながら、森を抜けるふたりの姿があった。




