第二章 第4話:「噂と誤解と、はじめての仲間」 〔中編〕「スキル欄が変な方向にバグってる」
山道を抜けた二人は、川沿いの小道を歩いていた。
木漏れ日がさわやかで、風も涼しい。メルはずっとご機嫌だ。
「しかし、助けてくれた上に、道案内までしてくれるなんて……やっぱり、拳聖様は違いますね!」
「だからそのあだ名はやめろって。俺はただのおっさんだ」
剛は心底うんざりした顔で呟いた。
もう三度目だった。「ただの」と言っても、「おっさん」の方しか伝わらない。
だがメルはまったく引かない。
「でも本当なんですよ。噂で聞いたんです。“素手でスライムを一撃で倒し、王都の勅使を断った放浪の転生勇者がいる”って」
「その話、事実ゼロじゃねぇか!?」
「それに、旅人でそんなに落ち着いてて、でもどこか悲哀が漂ってて、苦労人っぽくて、頼れる感じ……ああ、憧れちゃいます!」
「なに勝手に美化してんだ、俺の人生な、連戦連敗だぞ。スライムより弱いネズミにやられて死んだこともあるからな?」
「えっ!? それ逆にすごくないですか!? ネズミに殺されたって、一体どんな……」
「笑うな! 俺だって辛かったんだ!」
そのとき、ふとメルが足を止めた。
「……あの、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「剛さんって……本当に転生者なんですか?」
剛は少しだけ間を置いた。
「……ああ。一応な。なんか死ぬたびに“スキル一個もらって再スタート”って感じで……」
「え!? ってことは……スキルリストとか、あります? 見せてもらっても……」
「へ? いや、別にいいけど……」
剛は面倒くさそうに、転生時にもらったスキルカードを懐から取り出した。
光の反射で浮かび上がるスキル欄を見たメルは──
「……へ?」
絶句した。
「な、なんで“転倒耐性+1”が7つも……?」
「滑って転んで死んだのが7回あるからな。これ以外にも“熱湯耐性”“砂噛み耐性”“満腹後の急所攻撃耐性”とかあるぞ」
「え、待って、“満腹後の急所攻撃耐性”って何!?」
「昼飯のあとに殴られて内臓破裂して死んだんだよ!」
「うそでしょ!? そんな死に方初めて聞きましたよ!?」
メルは涙目になりながらスキルリストを眺めた。
「……これ全部、自分で“努力して”とかじゃなくて、“死んだ結果”なんですか?」
「そ。死んだぶんだけ、耐性がつく。そういうシステムなんだ」
「ある意味、最も過酷な修行ですね……」
「いや、ほんとそう思うよ……」
その後も道中、剛はさまざまな“死に様”をメルに説明した。
落雷耐性は「洗濯物干してるときに雷に打たれた」
毒耐性は「まんじゅうを拾い食いして死んだ」
睡眠妨害耐性は「爆音で寝れなくて過労死」などなど。
「なんかもう、尊敬通り越して泣きたくなってきた……」
メルは小さく呟いた。
──そのとき。
丘の上に見えてきた町の門。
そこには、大きな横断幕が張られていた。
《転生勇者剛さま歓迎!》
「……」
「……」
二人はしばし、無言で立ち尽くした。
「……あのさ」
「はい」
「まだ名乗ってないよな、俺……?」
「ええ……誰も言ってないはず……です……」
──情報拡散が一歩早かった。
「まただああああああああ!!」
「わああああああああ!!」
二人は叫びながら、門をくぐっていった。
──〔後編へ続く〕




