第二章 第3話:「スライムの村襲撃と英雄疑惑」 〔中編〕「伝説はだいたい誤解から始まる」
「村長さん! 村長さん、大変です! あのおっさんが……」
「黙れ! “勇者様”とお呼びせいッ!!」
まだ夜明け前。剛は村役場のような建物の中央に連れてこられ、囲まれていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれって。俺はただ、スライムを殴っただけで──」
「──素手で、な?」
「そうだけど……」
「ふつう死ぬ。毒で。食われて。骨まで溶かされる」
村人Aが真顔で頷き、村人Bが腕を組みながら真剣な顔で言った。
「剛殿……いえ、勇者殿。あなたがただの人であるわけがない」
「いや俺マジでただの51歳おっさんなんだけど!? 転職歴ゼロだし、就職もできてないし!」
言えば言うほど、なぜか村人たちの目が潤みだす。
「……なんと、孤高の求道者……」
「職も持たず、己を鍛え続ける“純然たる戦士”……!」
「逆にすごい!」
「すごくない!!」
そのとき、扉が開いてレト少年が飛び込んできた。
「おじさ……いや、“師匠”ッ!!!」
「おい!! さっきまで“おじさん”だっただろ!?」
レトは瞳を輝かせながら、剛の手をガシッと握る。
「マジでカッコよかったッス! あのヌルヌルをぶち抜いたとき、オレ、人生で初めて『男ってこういうもんか』って思いました!」
「やめろ、ハードル上げるな、勝手に尊敬するな!!」
「師匠ッ! オレを弟子にしてくださぁぁい!」
「いや無理無理無理! 俺、戦うの向いてないし、100回死んでるし!」
「えっ……?」
「……」
沈黙。
レトと村人たちの目が、みるみる色を変える。
「……100の死……?」
「つまり、100回の転生……?」
「まさか……かの“輪廻の勇者”の再来……!?」
「違う違うちが──」
「──“転生死神剛”……伝説に名を刻むお方……!」
「それ、どんな勇者だよ!?」
村人たちの勝手な盛り上がりは止まらなかった。
剛が「俺は普通に生きたいだけなんだ」と訴えても、
「つまり、“普通の暮らし”を求めながらも戦場へ向かう、その背中こそ真の勇者……!」
完全に都合よく解釈されていく。
「俺が死んで得た“毒耐性+1”とか“足元注意スキル”は……もっと地味で泣ける努力だったのに……」
剛は遠くを見つめた。
その夜、村の広場では。
即席の“勇者歓迎宴”が開催されていた。
「かんぱーい! 剛さまのおかげで村は救われた〜!」
「スライムってあんなに怖かったんだなぁ〜」
「今じゃヌルヌルを見るたびに感謝してるわ〜!」
誰もが酒を飲み、歌い踊る。
その中心で、剛は焼き魚をつまみながら、そっと呟いた。
「……おかしいな……“静かな人生”って、どこいった……?」
──〔後編へ続く〕




