第二章 第3話:「スライムの村襲撃と英雄疑惑」 〔前編〕「素手で倒しただけなんです」
それは、ある晩のことだった。
静かな村に、不意の悲鳴が響いた。
「きゃあああああ!! 畑が! 畑がスライムにぬめられてるぅぅぅ!!」
剛は宿の裏の小屋で干し草のベッドにくるまりながら、薄目で呻いた。
「……うるせぇ……夜ぐらい静かにさせろ……」
が、悲鳴は止まらない。遠くで何かが爆ぜる音、バケツの音、そして野次馬の怒鳴り声。
──畑が襲われてる。
──スライムだ!
──ぬめってる!くっそぬめってる!!
「……めんどくせぇ……けど、ルナがあの辺り通ったら……」
剛はしぶしぶベッドから体を起こし、寝巻きのまま外へ出た。
外では、すでに村がパニックに陥っていた。
光る青い液体のような魔物──スライムが、複数体、畑の作物をズルズルと引きずりまわしていた。
「げっ、うわっ、気持ち悪っ!」
「毒があるぞ!」「魔法使える奴いるか!?」「畑が壊滅するぅぅ!」
村人たちが叫び声を上げ、遠巻きに見ている中、剛はスッと近づく。
「……たかがスライムだろ。そりゃ、100回くらい死んだけど……こいつら相手に死んだ記憶はないな……」
ヌルッとこちらに跳ねてくるスライムに向かって、剛は、
すっと右ストレート。
──グシャッ!
スライムは、地面にねっとりと叩きつけられたかと思うと、ピクリとも動かなくなった。
「……あれ、こんなに柔らかかったっけ?」
ぽつりと呟く剛。
その背後では、村人たちが固まっていた。
「……今……見たか……?」
「おっさんが……スライムを……素手で……?」
「……速かった……目で追えなかった……」
「あれはもう武芸百般──古の拳僧の再来では……!?」
剛は、もう一匹のスライムにも近づいた。
「おりゃ」
──バシュッ!
それだけで、第二のスライムも壁のように潰れて溶けた。
「……ねぇ、スライムってもしかして、俺がすごいんじゃなくて、最初から柔らかすぎるだけじゃない?」
とぼける剛だが、誰も聞いていなかった。
村人たちは、いっせいにどよめいた。
「おっさん……いや、あのお方は……」
「ただの旅人じゃなかったのか……」
「……神の御使い……?」
そこへ現れたのは──村長。
長い髭を蓄えた老人が、剛の前に駆け寄り、いきなり地面に膝をつく。
「あなた様……もしかして、神に選ばれし者……“転生の勇者”様でございますか!?」
「へっ!? ちょっ……待っ……それ、なんかヤバい流れじゃない!?」
こうして、剛の“ひっそり生きる作戦”はまたしても音を立てて崩れ始めたのであった──。
──〔中編へ続く〕




