第十二章「誰にも記されない物語」 最終話「記録のないその先へ」〔後編〕 ──誰にも読まれない物語を、それでも書き続けるということ。
夜。
拠点の中心に置かれた焚き火の周囲には、様々な顔が並んでいた。
ルナ、ティナ、リノア。
かつての敵、かつての同志、名前も知らぬ旅人たち。
誰もが肩書きを脱ぎ捨て、ただの“人”として輪になって火を囲んでいた。
「……今日は、何をした?」
ティナが訊くと、ルナが笑って答えた。
「川で魚をとったよ。3匹も釣れたんだから!」
「それはすごいな。俺は鍬で指を挟んで泣いた」
「おっさんか!」
笑いが、火の粉とともに夜空に舞い上がる。
その光景を見ながら、剛はひとり、あの“空白の書”を広げた。
今日もまた、一行ずつ言葉を紡ぐ。
「今日は麦が風に揺れていた。ティナが風鈴をつけた。鳴り方がちょっと変で笑った。」
「夕飯はスープ。ラギオが塩加減を間違えた。悔しそうだった。」
「星がきれいだった。ルナが“星にも名前をつけたい”と言った。」
そして、剛は筆を止め、少し悩んでから──最後のページに、こう記す。
「これは、誰にも読まれないかもしれない。
でも、確かに“ここに生きた”。
それで、十分だ。」
筆を置く。
誰に褒められるわけでも、誰に認められるわけでもない。
ただ、自分自身が、自分の言葉で“今日”を残したというだけ。
それだけで、この一冊の重みは測り知れなかった。
剛は本を閉じると、顔を上げた。
──風が吹く。
どこかへ向かう風ではない。ただ、今この瞬間を通り過ぎる風。
遠く、星がまたたいていた。
そのどれにも、名前はついていない。
だからこそ、それらは自由だった。
剛もまた、そうありたいと願う。
――そのときだった。
「おーい! 剛ーっ!」
焚き火の輪から、誰かが手を振る。
「スープ、足りないってさ! おかわりくれー!」
「ああ、今行く!」
剛は立ち上がり、笑った。
この世界にはもう、神はいない。記録もない。
けれど──生きる意味なら、ここにあった。
そして、新しい一日が始まる。
誰にも記されない、その先の物語が。
(完)
こんにちは。そして、ここまで物語を読み進めてくださって、本当にありがとうございます。
この物語は、ひとりの「転生に憧れたおっさん」から始まりました。
チートも無双もない──むしろ、101回も死んで、ようやく1歩目に立ったような、そんな人生のやり直しです。
最初はギャグのように始まりました。
「火耐性+1」「泥耐性+1」なんて、積み重ねても微妙すぎるステータスばかり。
ですが、その小さな積み重ねが、いつの間にか“最強”と呼ばれる力に変わっていきました。
でも、それはあくまで「他人から見た強さ」に過ぎません。
本当に彼が手にしたものは、“自分で意味を選び取る生き方”だったのだと思います。
長い旅のなかで、剛は幾度も絶望し、逃げ、迷いました。
それでも彼が歩き続けたのは、「誰かに与えられた生き方」ではなく、
「誰のためでもない、自分自身の人生」を取り戻すためだったのでしょう。
終盤、神も記録も終わった世界で、彼は初めて「自分の名前」を口にしました。
それは、この物語全体を通してずっと問いかけていたテーマ──
“自分とは誰か”、**“なぜ生きるのか”**へのひとつの答えだったのかもしれません。
現代社会では、「意味」や「実績」や「評価」に追われることが多く、
ときには自分自身の声を見失いがちです。
でも、たとえ記録されなくても、誰かに褒められなくても──
**「今日をちゃんと生きた」**という事実だけで、人は誇っていい。
この物語が、そんなささやかな希望をあなたに届けられていたら、これ以上の幸せはありません。
読んでくださったあなたへ、心からの感謝を。
そして、またどこかで。
物語の続きを、風のように紡ぎましょう。




