第二章 第2話:「少女ルナと、石ころ事件」 〔中編〕「ただの石じゃ、なかったんだ」
「……これか?」
剛は土の中から白く丸い石を拾い上げた。
畑の境目に転がっていた小石。言われてみれば、表面にかすかに白い光が反射している。
横で見ていたルナが、ぱあっと顔を明るくした。
「うん、それ、それっぽい!」
「“それっぽい”かよ!」
二人は見つけた石を手にして、宿屋の裏手にあるベンチに腰を下ろした。
ルナは石を大事そうに抱きかかえて、しばらくじっと見つめていた。
「……この石ね、お父さんが拾ってきてくれたの」
「へぇ……」
「“ルナ、おまえにはこの石みたいに丸くてやさしい心になってほしい”って、笑ってた」
「……」
剛は返す言葉を失っていた。
100回死に、101回目でようやく他人と向き合った自分。
そんな自分が今、こんなにも普通に“誰かの思い出”に触れている。
ルナはふと、問いかけてきた。
「おじちゃんは、誰かに“もらったもの”ある?」
「……」
剛はしばらく考えて──
「……うん、“命”かな」
「……え?」
「100回くらい死んでさ。いろんな風に死んで……でも、そのたびに“生きろ”って言ってくれる奴がいて、気がついたら……ここまで来てた」
ルナは驚いた顔で見ていた。
でも、どこか納得したように、静かにうなずいた。
「じゃあ、おじちゃんも石みたいだね。何度つぶされても、また“そこにある”んだ」
「……やべ、なんか泣けてきた……」
「泣くのはまだ早いよ。探すのは、石だけじゃないでしょ?」
「……へ?」
ルナは、見つけた石の裏側をゆっくり見せた。
そこには、かすかに、紋章のような刻印が浮かんでいた。
「……!? こ、これ……!」
「お父さんが言ってた。これは“魂石”って言うんだって。
“人の想いが強く宿ると、時々だけど、本当に力を持つ”って」
その瞬間、剛の脳裏にヴァロスの声が過ぎった。
『次こそ、あなたの物語が始まる番です』
「……ルナ、その石……もしかしたら、本当に何かあるかもな」
「うん。でも、あたしにとってはただの“お父さんとの思い出”だから、誰にも渡さない」
ルナは石をぎゅっと握って、微笑んだ。
「それが、一番大事だと思ってるの」
その笑顔を見て、剛の胸に初めて、“守りたい”という気持ちが芽生えた。
──だが、その穏やかな時間は、長くは続かなかった。
「……見つけたぞ、“魂石の子”」
背後から聞こえた声。
振り返ると、黒いローブをまとった男が、路地の影からこちらを見下ろしていた。
「“村はずれの子供が魂石を持っている”……その噂、どうやら本当だったようだな」
「……誰だ、お前」
剛が立ち上がると、男は一歩、こちらへ近づいてきた。
「我ら“影の回収者”は、ただひとつの使命で動く。
それは、“過剰な魂の力を秘匿する”こと……!」
次の瞬間、男の掌から黒い靄が吹き出した。
ルナの胸元を目がけて──!
「っ、ルナ!!」
剛は、反射的にその前に立った。
「おじちゃん……っ!」
黒い靄が、剛の体を包む。
しかし──
何も起こらなかった。
「な、に……!?」
ローブの男が驚愕の声を上げる。
「影霊術が……効かないだと……!?」
──剛のスキルが、発動していた。
【魂吸収耐性+1】
【霊魂干渉耐性+1】
【呪詛耐性+1】(第61回転生で取得)
「……やっと役に立ったじゃねえか、俺の死にスキルども……!!」
ルナを背にかばいながら、剛は静かに言った。
「この子は……この子の思い出は、誰にも奪わせねぇ」
──〔後編へ続く〕




